堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第七章 開始

二節 呪われた貴族院

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 イネスが貴族院とやりあう時間が長引くほど、本来の目的である旅団活動に遅れが出ることに、ルシフェルは業を煮やした。
 彼がどうしたのかと言うと、他の熾天使たちと相談した上で、貴族院に出向いていた。

「では、婚姻は認められないということですね」

 国政において重要な位置にいるイネスを、どんな肩書を持っていようと一傭兵、それも銀級の傭兵との結婚は認められないと言うのが主張だった。
 長ったらしい口上はいかにも為政者、貴族であるが要約すると彼が言った言葉になる。
 初めから天使としていくと話は早いが、他の天使に迷惑をかける確率が高いと判断してユンカースとして来ている。

「そういうことではない」
「ではどういうことなのですか?」
「だから、婚姻を希望しているイネス・グーティメルは聖女であり、アージェ教においてとても重要な位置にいる。そうですよね?教皇様」

 この場には教皇も同席していた。主に話をしているのは、議長であるコンスタン・フィネルと言う保守派の公爵位にある男だ。議長は国政の最上位で王や大統領と同等だ。
 話を振られた彼は気が気でなかった。この場を設定したのも彼であるのだが、彼の手の内にすべてがあるわけではないからである。普段であれば、彼が場を完全に制御下に置いて進めるのだが、相手が天使なので制御不能であり、警告を直に受けているのも作用している。
 事前に話をしていたので動揺する程ではない。

「間違いありませんが、彼は天使に導かれた者、アージェ教としては聖女のお相手としてはこれ以上ないと考えています」
「「「な」」」

 数人が思わず声を上げてしまった。それほど温度差があるのだ。

「数人世話をしたと言う記録が神殿に残っています。そのすべてにおいてアージェ教が総力を挙げています。この意味はお分かりになりますよね?」

 アージェ教と言う宗教が、何も聖国にだけ根付いているわけではない。
 神殿は聖国にしかないが、エイナウディ共和国にもあったように、教会は各国に広く建てられている。聖国があるアウストリム大陸にある国、都市、町すべてに教会がある。
 アージェ教が総力を挙げる場合、アウストリム大陸全土に影響が及ぶ。また、最短で約二日の航海で渡ることができるガリア大陸も全土に及ぶ。
 国の数は最大で五十ヶ国になり、その数は半数に上る。
 それだけの大事であり、過去発生した六つの国を滅ぼしたフラメンドラフン(火炎龍、火のドラゴン)を単独討伐するなど、救世主と呼ぶにふさわしい功績を残している。因みに、フラメンドラフンを討伐した者の名はアルトゥロ・マジャ。

「それから、ユンカース殿が連れている双子、何も思わないとは言いませんよね?」

 人族が有している色素の関係上、髪の色は、白、黒、金、茶が基本である。艶や濃さで白髪を銀髪、茶髪を赤毛などいうことはあるが、イムもセレも髪色は逸脱している。
 髪は染めることも可能だが、幼い子の髪を染めることはほぼない。
 双子が特に異質な目で見られないのは、ユンカースが天使に導かれた者であることが浸透し、アージェ教が先手を打って周知しているからである。

「それとも、改めて申し上げたほうがよろしいでしょうか?」

 気が気ではないが気分は乗っている。イネスよりも辛苦を嘗めさせられている教皇、当然ではあり、その腹に抱えるものとて尋常ではない。

「分かっておりますので、結構です。アージェ教としては良いのかもしれないが、イネスは補佐ではあるものの外交官であり、国政において重要な位置にいる。外交官は国の顔、その婚姻相手となれば相応しいものが求められてしまう」

 あくまでも自分たちだけの意思ではないとも言いたいらしい。

「いつまでも言葉を濁さずに、何が不満でどうするべきなのか仰ってはいかがですか?」

 態度には出ていないが、イネスの声には怒気が含まれていた。

「体だ。世間体、一介の銀級傭兵が聖女と婚姻関係にあるなど、印象がよくない。だから、身を引いてほしいと言っているんだ」

 やれやれと言わんばかりの議長の態度にイネスは爆発寸前で抑え込んでいる。

「確かにそれだけ聞くのであれば、体はよくありませんな」

 と教皇は同意を示したが続いて出てきた言葉に議長以下貴族院の者たちは震撼することになる。

「しかし、イネスは自ら職を辞する意思を見せております。世間では傭兵に恋心を抱いた聖女がその職を辞してまで、と言えば美談にもなるでしょうし、本も書けるでしょう」
「何を仰りたいのですか?」

 動揺を隠せないのか、議長の言葉には焦りが見える。
 イネスが自分で言っている分には聞き流してしまえた。しかし、教皇が言うと話が違う。
 教皇は職を辞することを認めているということになるのだ。これは他国ですら絶対に無視はしないので、聖国はそれ以上となる。しかも、美談とまで言っているのを無視するとなると、他国から干渉を受けかねない。

「イネスは天使の巫でしょう?操を立てる必要があるでしょう?」
「それこそ、何を仰っているのでしょうか。天使の巫には過去、夫のいる女性や妻のいる男性、巫となった後に婚約、結婚した者もおり、操を立て通した者はおりません。寧ろ、巫であることを利用して婚約、結婚を拒否し、恋愛婚をした者もおれば、果てには離婚した者が巫となっておりますが?」
「なん、だと・・・」

 教皇は聖国の公爵がなぜ知らないのか不思議でならないことでもあった。この議長は枢機卿に名を連ねているのに、だ。

「よもや、イネスが天使に取り入って結婚に持ち込めば政治利用できる、とでもお思いではないのですかな?熾天使ミカエラ様の御言葉を忘れてしまったのですか?」
「それは・・・」
「ではよろしいではありませんか。婚約者のおらぬ身、しかもイネスは二十一、行き遅れが心配される年齢です」
「しかしですね・・・」

 痛いところを突かれ、冷や汗が止まらぬ彼は手拭いをだして汗を拭いている。保守派の貴族たちも同様に、汗を拭き、焦りが見て取れる状態になっている。改革派はと言うとあからさまに顔を背けている。

「もういいでしょう。貴方方の意思は確認できました」
「では」

 ルシフェルはすっと立ち上がり、会議の席から少し離れたところにイネスの隣に並んだ。その次の瞬間、輝かせた顔は一瞬で青ざめることになる。彼が技能を解除したのである。

「ま、まさかルシフェル様御本人とは思ってもおらず、申し訳ございません」

 頭を床に擦り付け土下座をする議長に倣うよう、他の貴族も土下座を行っている。

「ご迷惑になると思って神殿関係者に箝口令を布いて秘匿しておりました」
「おかげで助かっています。だとしても気付くべきでした。さて、ミカエラ様からも、ラファエル様からも一任されています」

 出した名前の持つ意味に気付いた議長は慌てて顔を上げた。

「どうか、どうか国だけは、私の首は差し出しますから」
「「「議長!」」」

 その提案に周りは声をそろえて上げるのだが、言葉は続かない。

「要りませんよ、あなたの首など。なので、イネスと教皇を除き、この場にいるすべての者に呪いをかけさせていただきます」
「「「呪い・・・」」」
「旅団『大空への翼』所属の全員と熾天使級全員の真名、通り名を出す度に発動します」

 事実上の絶縁である。
 名を出す度に呪いが発動するということは、名を出せなくなると言うのは容易に察せるだろう。それだけ、と思いがちだが副次効果がすさまじい。
 まず、名を出せないと言うだけで話題にあげづらくなってしまう。個人を特定する情報として、名は重要な役割を持っている。その為、人物を一致させるのが難しく、話を進めることに難儀し、重要な政策の話で誤認は許されないので話に上がらなくなる。
 このような効果から、過去を踏襲し最も効果があった呪いを採用した。

「先に言っておきますが、思い浮かべただけでも発動しますからね」

 無論、名以外で個人を特定することは可能だ。しかし、今回のように複数の名を持つ者や複数人を呪い起動の切掛けとする場合、一定の数以上では思考を読み取った方が簡略化され、回避策が通じなくなり強力になる。

「『Full range curse magic. The suffering of death』」

 全員が落胆し頭を垂れた瞬間に、彼は魔法を唱えた。
 魔法を発動させるだけなら唱えると言う行為は必要がない。そもそも、この唱え方自体、『使用者』『対象者』『発動条件』が抜けている上に、効果を簡略化してある。
 正しい詠唱構文は、『使用者、格、種類、対象者、発動条件、効果』で、種類によっては『使用者、格、種類、発動条件、範囲、効果』等に変化する。
 なので、魔法を使ったという事実を明確にする目的があったのだ。意識させることでよりその恐怖性が増すと言う効果も狙っている。また、明確にすることで後世に残す情報の曖昧性が少なくなり、より威力を持つことになる。
 必要のない詠唱がなくならない理由は、今回のような目的や、練度の低い者の集中力を増す為、共闘中に魔法を使うことを知らせて見方を動きやすくし、敵の隙を誘う為、わざと詠唱を間違えて間違った対策を引き出す為等、様々な用途が存在するからである。

「このことが世間に広まるのかどうか、その形もイネスと教皇に委ねられます」

 それだけ伝えると、技能で輪と翼を消すとイネスを連れ立って会議室を出ていった。
 貴族院を後にした二人は神殿へと足を運ぶ。これはイネスの希望で、今回の件で聖母の心労が頂点にあり早く安心させたいと言うのだった。
 政治から切り離されている彼女だが、天使のことを理解している彼女は、貴族院よりも信者やそうでない民の被害が心配でならないのだ。

「ご足労、申し訳ございません」
「最終的には私が蒔いた種です。思ったより早く終わり、幸い時間もあります。すべきことをしなさいと喝を入れる程度、問題ありませんよ」
「ありがとうございます」

 象徴でしかない彼女は、アージェ教のトップであっても権限は一切持たない。その所為か、政治に関わらない天使と同一視されることもあり、権限はなくても発言力は持っている。
 神殿に着き謁見室に通され、人払いをすると技能を解いて顛末を説明、安心して力を失った彼女は、ようやくその心労から解放された。
 貴族院の者たちに関しては自業自得と思っているようで、普段から聖母も利用しようと動き、まれに汚いやり方をされるので見放されていたようである。呪いの詳細は言っていないので、いい薬になるとほほ笑んでいたところからも程度が知れる。
 『The suffering of death』は『死の苦しみ』である。呪いで死ぬことはないが、自ら死を選ばせる程の苦しみになる。原理は呪いによって埋め込まれた励起魔素が全身の魔覚神経を痛覚神経からの信号と同じ信号を脳に送るよう刺激するのである。
 魔覚神経は全身の皮膚表面と接続されており、実際は全身を焼かれたような痛みになる。例えるなら、煮え湯に全身を浸けられる痛みであり、誤認信号なので死ぬことがなく、その激痛は数時間に及ぶ。
 気絶率が高いので拷問には向かないが、その分、条件がそろうと何度も発動するので、呪いとしては採用されることが多い。

「解呪はできるのでしょうか?」
「解析魔法を使うと解析する者に呪いが発動するように仕込んでありますし、そこまで生易しいものではないので実質的に私しかできません」
「可哀想に・・・」

 そこまで訓練していないようで、顔は正直に笑っていた。
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