永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

文字の大きさ
28 / 42
第六章 義烈の連環

義烈の連環Ⅱ

しおりを挟む
冬枯れの谷に一陣の風が吹き抜け、霜に覆われた樹々の葉が静かに音を立てた。山中鹿之介のもとには、さらに新たな同志が加わりつつあり、山陰各地の集落で密やかに「再興」の言葉が交わされるようになっていた。

中でも、かつて尼子家の知行地であった隠岐国の一部では、老いた地侍たちが鹿之介からの密書を受け取り、涙ながらに古き家紋の槍旗を蔵から取り出すという話が伝わっていた。「尼子が敗れし日より、幾夜幾年…されど、心まで下知を受けた覚えはない」と老武士が語るとき、静かな誇りと懐旧の念が人々の胸を打った。

鹿之介は、この新たに編成された精鋭を率いて、各地で小規模ながらも象徴的な行動を取り始めた。元尼子領である領内の寺社を修繕し、貧農に備蓄米を分け与えることで、「かつての主君の名のもとに行われる善政」として、民の支持を確実に得つつあった。村ごとの寄合では「鹿之介様の布令は、昨今の国主よりも心ある」との声が自然と上がり、武の力ではなく、義の行いによって結ばれる連帯が形となっていく。

やがて、伯耆の麓で小さな武家集団が毛利家の代官所を襲撃したという報が走る。戦の規模は小さく、被害も最小限であったが、代官のもとに残された一片の旗――「義」の一文字が記された白布――が、彼らの背後に鹿之介の影があることを強く印象づけた。

毛利家中では動揺の声もささやかれ始める。「鹿之介、ただちに討つべし」という急進の意見に対して、輝元はあくまで静かに構えていた。「その火が大義のもとに燃えておるならば、我らが用いるべきは剣ではなく、風向きを読む心なり」と彼は応じた。若き毛利当主のこの慎重さは、老いたる元就譲りの用心深さでもあり、また、戦乱が生んだ深い思慮の証でもあった。

そしてある日、因幡の山間で再び一つの烽火が上がる。それはまだ小さく、だが確かに、遠方からもその輪郭が見て取れる炎だった。人々の口には、こうした噂が乗るようになる。

「義を掲げた男がまた立った。これは武ではなく、志の戦いなのだと――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...