永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

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第十六章 声なき者の国

声なき者の国

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赤根ヶ原の戦から数ヶ月。兵の足音が消えた野に、春の草が静かに芽吹き始めていた。義軍が後退し、毛利方も追撃を控えたその地では、血ではなく「記憶」が芽を出していた。村の子どもたちは崖上に立つ軍旗の跡に花を手向け、老婆は語った。「あの旗のもとにいた者らは、名も財も持たなかった。でも――あの目だけは、嘘じゃなかったよ」

鹿之介は、峠に残された義軍の拠点にて、新たな試みに乗り出していた。それは武を競うことではなく、「声なき者の国」を育てること。兵士には鍬を持たせ、村には相談役を置き、税の取り立てではなく収穫の共有を選んだ。「義は、刃ではなく秤に宿すものだ」と、鹿之介は記した。

義軍の支配域では、民の自立がゆるやかに始まった。庄屋と百姓が共同で作物の分配表を作り、読み書きができる者が子どもたちに教えを開いた。「学ぶことは、名を持たぬ者の矛となる」という言葉が広まり、それはただの識字ではなく「尊厳の灯」として各地に根づいていった。

毛利方もまた、この変化を見逃さなかった。出雲の代官・来島周防守は、輝元にこう報告した。「戦ではなく、在り方で民が動いております。これを武で鎮めるべきか、それとも己が政を問うべきか――難しき問いでございます」

輝元は静かに筆を取り、「義に真実があるならば、それは戦よりも深く、我らの土台を突いてくるであろう」と書き記した。武家の政に揺らぎが生まれつつあることを、彼自身、最も深く感じ取っていた。

一方で、鹿之介の義軍には、内なる課題も生まれ始めていた。急速に拡がる支持と自治の実験。その一方で、「義」の名を掲げて独断で武力を振るう者も現れ始めたのである。旗が理念から離れた瞬間――それは誓いの灯が濁る兆でもあった。

鹿之介は静かに語った。
「この国は、旗にではなく、目をそらさぬ覚悟に支えられている。誇りが誇張に変わる時、義は虚となろう。我らはもう一度、自らに問わねばならぬ。“なぜ旗を掲げるのか”を――」
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