百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~

凪山キコ

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第四章 モノ・インフィニティ編

151 筆談の朝と単層無限

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 翌朝。
 治療の効果があったのかは分からないが、女性たちには食事を与える必要があった。もっとも、今の俺は言葉を話せない。そこで全員のベッドの横に、木の板に書いたメッセージを置いておくことにした。

『ここはダンジョンの中にある、私の家です。あなたたちをゴブリンの集落から助けました。食事と服を用意していますので、部屋を出てリビングまで来てください。私はメスのゴブリンなので、姿を見て驚くかもしれませんが、言葉を話すことができません。会話は筆談になります。ご了承ください』

 あとは、メスのゴブリンの姿のまま、リビングで待つだけだ。
 服と下着、靴を、これくらいのサイズだろうというものを共有空間から見繕い、十セットほどリビングに並べてある。突然、服と下着と靴が十セット消えたエヴァルシア商会は、今頃大慌てかもしれないが。

 一人の女性が起きてきた。
 素っ裸で動くのも可哀想だと思い、白いガウンとスリッパを全員のベッドの横に置いておいたのだが、どうやらそれを着てきたようだ。女性は俺を見るなり、目を丸くして固まった。

「ゴブリンのメス……初めて見たわ」

 まあ、そうだろう。この世界に存在するメスのゴブリンは、俺しかいないはずだ。
 俺は前もって壁に設置しておいた、エヴァルシアの小学校で使用されているものと同じ黒板に、チョークで文字を書いた。

『そこにある下着、服、靴の中から、好きなものを着用してください。サイズが合わない場合は、私が調整します』

 黙って俺が文字を書く様子を見ていた女性は、

「ありがとう。遠慮せずに頂きますね」

 そう言って、下着と服、靴を選び、着替え始めた。
 ほどなくして残りの四人も次々に起きてきたため、俺は黒板の文字と服が掛けてある場所を交互に指さし、全員に着替えるよう促した。
 全員が着替え終わったのを確認してから、前もって用意しておいた木の板のメッセージを見せる。

『奥のテーブルの、好きな場所に座ってください。お食事を準備します』

 女性たちは少し驚いた様子を見せながらも、テーブルに腰を下ろした。
 俺は一度、自分自身に〈洗浄クリーン〉をかけてから、エルマの作り置きの朝食を、それぞれの前に並べていく。そして、もう一枚用意しておいた木の板を差し出した。

『どうぞお食べください。食後に、私の質問にいくつか答えてもらえますか? 聞きたいことがあります』

 女性たちは一度、顔を見合わせたが、その中の一人が代表して口を開いた。

「いいよ。ただ、まだ正直に言って、あんたが本当に味方なのか判断できない。少し距離を取った状態で、いいか?」

 その女性は、長いあいだ手入れされずに伸びたままのプラチナブロンドが、肩から背にかけて無造作に流れ、透き通るように白い肌に、冷たい光を宿した青い瞳をしていた。整った顔立ちは紛れもなく美人のそれだが、微笑みよりも先に強気な意志が滲み出ていた。

 俺は壁際の黒板まで戻り、『いいですよ』と書いた。


 食事は、さすがエルマの作り置きというべきか、大好評だった。大満足した様子の彼女たちは、だいぶ警戒心が解けたように見える。
 俺は食後の紅茶を全員に配ったあと、黒板に最初の質問を書いた。

『ここは、どこの国の、何というダンジョンですか?』

 先ほど代表して答えていた女性が、今度も応じてくれた。

「魔物のくせに、変なことを聞くんだな。アタシの名前はフレデリカだ。よろしくな。ここはゼフィランテス帝国の南にある街、グランドリムに存在する『八王の大迷宮』だ。大陸に二つしかないと言われている、大迷宮の一つだぞ」

 ここはゼフィランテス帝国だったのか。同じ大陸でよかった。
 しかし――大迷宮? 聞いたことがない。
 俺は次の質問を書いた。

『次の階層へ行く階段は、どこにありますか?』

 フレデリカは、くつくつと笑いながら答えた。

「ここに住んでる魔物なのに、何も知らないんだな。この迷宮は、この階層しか存在しないと言われている。大陸並みに広くて、これまで踏破した者は誰一人いない。別名《単層無限モノ・インフィニティ》とも呼ばれているダンジョンだ」

 えっ!? 一階層しかないダンジョン!?
 それが本当だとしたら――。

『地上へ戻ることができる転移魔法陣は、存在しないのですか?』

 フレデリカは、少し肩をすくめて答えた。

「そうだな。このダンジョンには、通常のダンジョンみたいな十階層ごとのボスがいない。その先にあるはずのセーフルームも、地上に戻る転移魔法陣も、今のところ見つかっていない」

 なんてことだ――。
 ダンジョンを踏破する以外、地上へ戻る手段がない。
 しかも、誰も踏破したことのない、魔物が異常に強いダンジョンだ。
 俺は気を取り直し、さらに質問を書いた。

『このダンジョンを踏破する方法は、分かっていますか?』

 フレデリカが答える。

「一応、その種族ごとの王が持つオーブを、八つ集めればいいって言われている。ゴブリン、コボルト、オーク、ミノタウロス、狼、オーガ、アンデッド、悪魔。それぞれの領域に王がいるらしい。今までに倒されたのは、コボルトの王だけだ」

 すべての種族の王を倒す必要がある、か。
 一人でやるには、かなり厳しそうだ。だが、やるしかない。
 俺は続けて質問を書いた。

『このダンジョンの魔物は、他よりもかなり強いようですが、なぜ皆さんはここに挑んだのですか?』

 フレデリカは少し真剣な表情になった。

「このダンジョンはな、スキル経験値が多いんだ。ここで戦うだけで、スキルレベルが十倍以上の速さで上がるって言われてる。それに、どこかの種族の王を倒せれば、一気にSランク冒険者になれる。ただ……アタシたちみたいに、全滅するパーティも後を絶たないらしいけどな」

 フレデリカは、少しばつの悪そうな顔をした。
 なるほど。成長効率の高さに惹かれて、ここへ挑む冒険者が多いわけか。
 今聞いておきたいのはこれくらいか。
 俺は最後にダメ元で書いてみることにした。

『最後に、一つお願いがあります。聞いてもらえますか?』

 フレデリカは少し考えたあと、

「……話だけは聞いてやる」

 と答えた。

『アストラニア王国エヴァルシアの冒険者ギルドにいるレオンか、領主のセレナに、「アレスが八王の大迷宮にいる」と伝えてほしい』

 それを見たフレデリカは、「うーん」と唸った。

「アストラニア王国か……。今は戦争をしていないとはいえ、国境を越えるのは相当難しいって聞いてるぞ。通れるのは、奴隷商くらいじゃなかったか?」

 フレデリカは周囲の女性たちにも意見を求め、しばらく話し合ったあとで、再びこちらを向いた。

「やっぱり、冒険者が国境を越えるのは厳しいみたいだな」

 俺はすぐに黒板へ文字を書いた。

『それなら、アストラニア王国へ向かう奴隷商の護衛任務を受けてください。必ずエヴァルシアに辿り着けます。おそらく全員、セラフィードを通るはずなので、そこで依頼を受けるのが一番効率的でしょう』

 もっとも、途中でトンネルのトラップにかかり、結果的にエヴァルシアにある鉄格子の中に着くのだが。そこは、あえて説明しない。
 半信半疑のフレデリカは、困ったように言った。

「でもな、アタシたちはこのダンジョンに一年以上いるはずなんだ。装備も全部失って、一文無し。このまま冒険者を続けるのも、正直きつい」

 様子を見ていて分かったが、この五人は元々、同じパーティだったのだろう。
 一年以上もここに閉じ込められていれば、地上では死亡扱いになっていても不思議ではない。

『この中に、あなたたちの装備はありますか?』

 そう黒板に書いたあと、集落の倉庫にあった武具を新品同様に修復したものを、亜空間から取り出して部屋に並べた。
 新人冒険者の女の子三人には装備を返さなかったが、この五人に返したところで、素材は十分に残る。

「おおっ! アタシの剣と鎧! しかも新品みたいじゃん!」

 フレデリカは、自分の装備に飛びついた。
 どうやら残りの四人の装備も、この中に揃っていたらしい。ついでに、それぞれのギルドカードも返しておいた。
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