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第一章 鞘の内の刃
一話 一振りの刃 1
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◇◇◇
「お前の姉は嫁いだ先で、お役目も果たさずに死んだんですって」
玉蓮の部屋に押しかけた腹違いの姉妹。扇の隙間から覗く目が、雀をいたぶる猫のように細められる。
「母上がそうおっしゃっていたの。玄済国の王妃様から、直接、文が届いたのよ。お前に一番に教えてあげようと思って」
「……う、うそだ」
耳から入った言葉が、そのまま体の中で腐って溶けていく。姉妹たちが揺らす扇から、むせ返るような香の匂いが放たれる。その甘ったるさで、玉蓮は肺の奥が焼けるように熱くなった。
姉は、半月前に真っ赤な婚礼衣装を身にまとい、玄済国の王太子のもとへと嫁いだはず。未来を約束された高貴な男のもとへ、旅立ったはずだ。
「……嘘をつくな!」
「あら、嘘なんてつく価値もないわ。自分の姉が『どこ』へ贈られたのか、まだ理解していなかったの?」
傾いた太陽の光が差し込む部屋は、まるで煮詰まった血の色のようだった。からからと、乾いた笑い声が鼓膜を打つ。
膝から崩れ落ちそうになるのを耐え、玉蓮は冷え切った石床に指を立てた。指の腹に食い込む砂利の痛みが、これが現実だと言っている。壁の隙間から忍び込む風が、残っているはずの姉のぬくもりを容赦なく削り取っていく。
「卑しい宮女の腹から出た子が敵国へ贈られ、殺される。それくらいが妥当な幕引きでしょう。……もっとも、あの残虐で名高い王太子に嫁がされるくらいなら、ここで普通に死んだほうが幾分か幸せだったかもしれないけれど」
玉蓮を見下ろす姉妹たちの言葉。そこにあるのは、道端に落ちている汚物を避けるときのような、純粋で無機質な蔑みだけ。
「いい、玉蓮。わたくしたちとお前は、違うの。お前は牛や馬と同じよ。あと十年もして、その体が十六の形を成せば、きっとどこかへ払い下げられるわ」
「やめろ!」
叫んだ時には、玉蓮は床を蹴っていた。なりふり構わず、その綺麗な衣の裾を汚してやりたかった。けれど、姉妹たちは悲鳴一つ上げない。玉蓮の体は、絹の衣がはためく音と同時にあっけなく跳ね除けられた。
ざらりと、床の砂利が腕の皮を削る。痛みが遅れてやってくる。頭上から降り注ぐのは、小鳥のさえずりのように軽やかな、それでいて毒のように昏い笑い声。
指先に力を込めても、石の冷たさが爪の間に入り込むだけで、体は鉛のように動かない。牛や馬。耳の奥で、その言葉がねっとりと張り付いて離れない。違う、と叫びたい喉はひりついて、ただ風が通った。
石の床から立ちのぼる、埃の臭い。そして、鼻の奥を突き刺す、甘ったるい白粉の香り。胃の底からせり上がる不快感が、無理やり時間を巻き戻していく。——わずか半月前。まだ、姉の温もりが、この指に触れられる場所にあったあの日へと。
「お前の姉は嫁いだ先で、お役目も果たさずに死んだんですって」
玉蓮の部屋に押しかけた腹違いの姉妹。扇の隙間から覗く目が、雀をいたぶる猫のように細められる。
「母上がそうおっしゃっていたの。玄済国の王妃様から、直接、文が届いたのよ。お前に一番に教えてあげようと思って」
「……う、うそだ」
耳から入った言葉が、そのまま体の中で腐って溶けていく。姉妹たちが揺らす扇から、むせ返るような香の匂いが放たれる。その甘ったるさで、玉蓮は肺の奥が焼けるように熱くなった。
姉は、半月前に真っ赤な婚礼衣装を身にまとい、玄済国の王太子のもとへと嫁いだはず。未来を約束された高貴な男のもとへ、旅立ったはずだ。
「……嘘をつくな!」
「あら、嘘なんてつく価値もないわ。自分の姉が『どこ』へ贈られたのか、まだ理解していなかったの?」
傾いた太陽の光が差し込む部屋は、まるで煮詰まった血の色のようだった。からからと、乾いた笑い声が鼓膜を打つ。
膝から崩れ落ちそうになるのを耐え、玉蓮は冷え切った石床に指を立てた。指の腹に食い込む砂利の痛みが、これが現実だと言っている。壁の隙間から忍び込む風が、残っているはずの姉のぬくもりを容赦なく削り取っていく。
「卑しい宮女の腹から出た子が敵国へ贈られ、殺される。それくらいが妥当な幕引きでしょう。……もっとも、あの残虐で名高い王太子に嫁がされるくらいなら、ここで普通に死んだほうが幾分か幸せだったかもしれないけれど」
玉蓮を見下ろす姉妹たちの言葉。そこにあるのは、道端に落ちている汚物を避けるときのような、純粋で無機質な蔑みだけ。
「いい、玉蓮。わたくしたちとお前は、違うの。お前は牛や馬と同じよ。あと十年もして、その体が十六の形を成せば、きっとどこかへ払い下げられるわ」
「やめろ!」
叫んだ時には、玉蓮は床を蹴っていた。なりふり構わず、その綺麗な衣の裾を汚してやりたかった。けれど、姉妹たちは悲鳴一つ上げない。玉蓮の体は、絹の衣がはためく音と同時にあっけなく跳ね除けられた。
ざらりと、床の砂利が腕の皮を削る。痛みが遅れてやってくる。頭上から降り注ぐのは、小鳥のさえずりのように軽やかな、それでいて毒のように昏い笑い声。
指先に力を込めても、石の冷たさが爪の間に入り込むだけで、体は鉛のように動かない。牛や馬。耳の奥で、その言葉がねっとりと張り付いて離れない。違う、と叫びたい喉はひりついて、ただ風が通った。
石の床から立ちのぼる、埃の臭い。そして、鼻の奥を突き刺す、甘ったるい白粉の香り。胃の底からせり上がる不快感が、無理やり時間を巻き戻していく。——わずか半月前。まだ、姉の温もりが、この指に触れられる場所にあったあの日へと。
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