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第四章 二つの闇
十七話 鬼神のごとき武 2
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敵将と剣を交える玉蓮の背後から迫る、一本の槍。一瞬だけ、玉蓮の瞳がそれを捉えるように動くが、すぐに前に戻る。遥か後方から放たれた、刹の矢がその槍兵の喉を正確に射抜いていたからだ。
「将軍からあの女を引き離せ!」
右翼から玉蓮に殺到しようとする、敵兵の波。
「てめえらの相手は俺たちだァ!」
それを食い止めるかのように、牙門の地を揺るがすほどの咆哮が響き渡り、敵の注意を引きつける。そこに、迅の双刀が嵐のようにきらめき、次々と血飛沫が上がった。
「後ろは任せろ」
朱飛の静かな声が響き、彼の騎馬隊が壁となって背後の敵を阻む。金属が激しくぶつかり合う音を背に玉蓮は口の端を上げ、そして、再び目の前の男に意識を戻した。
敵将の剣は、玉蓮の細い腕を今にも折らんと、容赦なく振り下ろされる。
——ガギィッ!
「くっ!」
刃を受け止めた瞬間、手首の骨がきしむ音が脳内に響いた。重い。岩で殴られたような衝撃が、肩から背骨へと突き抜ける。力で押し合えば、確実に潰される。
(——受け流す!)
玉蓮は奥歯が砕けるほど食いしばり、刃先で剣筋をわずかにそらすと、そのまま敵将の懐へと、水が流れるようにするりと入り込んだ。
「なっ……!」
敵将の声は、音にならない。
寸分の迷いもなく、返す刀でその胸を正確に突き刺す。甲冑のわずかな隙間を縫うように吸い込まれた刃は、鈍い音を奏でた。
——ズズズ
玉蓮の手のひらに伝わったのは、心の臓を直接貫いた感触。
「が、はっ……」
敵将は、口からごぼりと血を吐き出しながら、信じられないものを見る目で玉蓮を見つめた。
「くそ……女が。この怪物め……」
言葉は泡となって消える。敵将は馬上で大きく揺れ、重い甲冑ごと地面に叩きつけられた。鈍い音を立てて地面に転がったその顔は、すでに生気を失い、虚ろな空を見上げている。
男の命が流れ出ていくのがわかる。じわりと、体の芯から熱が込み上げてくる。
(殺した。勝った——)
熱が、体の奥で甘い痺れとなり、全身を満たしていく。嘘のように、身体が軽い。
だが次の瞬間、脳裏で姉の笑顔が揺らめき、喉の奥から吐き気のような震えがこみ上げた。
「あ、姉上……」
懐の守り鳥に触れるように胸に手を置くが、いつも温かいはずのそこには、全く温もりがない。玄済国の将を討ったというのに、姉の笑顔が血塗られたままだ。
玉蓮は、血に塗れた剣を払った。返り血が、頬を伝っていく。その生温かさが、まるで自分の肌の上ではないかのように、ひどく遠い。
「玉蓮、後は残りの部隊に任せる! 行くぞ!」
遠くから、迅の声が聞こえるはずなのに、玉蓮の視線は、血の海に沈む敵将の顔から離れなかった。
(敵将を討った。あいつの国の将を。姉上、玉蓮は強くなって、もっと——)
自分の息遣いだけが頭の中で響いて、その音がどんどん大きく、鼓膜を震わせるように響き渡る。
(もっと——!)
「玉蓮」
突如、凪いだ声が玉蓮の耳に届いた。これまで聞こえていた自分の呼吸音や、遠のいたはずの周囲の喧騒、血潮の音をすべて掻き消す声。そこでようやく玉蓮は、その声がする方にゆっくりと顔を上げた。
「……しゅ、ひ」
彼の瞳はいつもと変わらずに静かなまま。朱飛は何も言わず、無防備に晒された玉蓮の頬へ手を伸ばした。ごつごつした指の背が、頬にこびりついた返り血を、乱暴に、けれど驚くほど優しくぬぐい取る。
玉蓮の肌を汚していた赤が、朱飛の指へと移る。
「俺たちの役目は終わりだ。戻るぞ」
その体温に触れた瞬間、胸を焚きつけていた狂気が嘘のように引いていった。荒れていた呼吸が整い、視界に映る景色も、血の色から本来の色を取り戻していく。玉蓮の馬は、朱飛の馬を追いかけるように、自然と走り出した。
「将軍からあの女を引き離せ!」
右翼から玉蓮に殺到しようとする、敵兵の波。
「てめえらの相手は俺たちだァ!」
それを食い止めるかのように、牙門の地を揺るがすほどの咆哮が響き渡り、敵の注意を引きつける。そこに、迅の双刀が嵐のようにきらめき、次々と血飛沫が上がった。
「後ろは任せろ」
朱飛の静かな声が響き、彼の騎馬隊が壁となって背後の敵を阻む。金属が激しくぶつかり合う音を背に玉蓮は口の端を上げ、そして、再び目の前の男に意識を戻した。
敵将の剣は、玉蓮の細い腕を今にも折らんと、容赦なく振り下ろされる。
——ガギィッ!
「くっ!」
刃を受け止めた瞬間、手首の骨がきしむ音が脳内に響いた。重い。岩で殴られたような衝撃が、肩から背骨へと突き抜ける。力で押し合えば、確実に潰される。
(——受け流す!)
玉蓮は奥歯が砕けるほど食いしばり、刃先で剣筋をわずかにそらすと、そのまま敵将の懐へと、水が流れるようにするりと入り込んだ。
「なっ……!」
敵将の声は、音にならない。
寸分の迷いもなく、返す刀でその胸を正確に突き刺す。甲冑のわずかな隙間を縫うように吸い込まれた刃は、鈍い音を奏でた。
——ズズズ
玉蓮の手のひらに伝わったのは、心の臓を直接貫いた感触。
「が、はっ……」
敵将は、口からごぼりと血を吐き出しながら、信じられないものを見る目で玉蓮を見つめた。
「くそ……女が。この怪物め……」
言葉は泡となって消える。敵将は馬上で大きく揺れ、重い甲冑ごと地面に叩きつけられた。鈍い音を立てて地面に転がったその顔は、すでに生気を失い、虚ろな空を見上げている。
男の命が流れ出ていくのがわかる。じわりと、体の芯から熱が込み上げてくる。
(殺した。勝った——)
熱が、体の奥で甘い痺れとなり、全身を満たしていく。嘘のように、身体が軽い。
だが次の瞬間、脳裏で姉の笑顔が揺らめき、喉の奥から吐き気のような震えがこみ上げた。
「あ、姉上……」
懐の守り鳥に触れるように胸に手を置くが、いつも温かいはずのそこには、全く温もりがない。玄済国の将を討ったというのに、姉の笑顔が血塗られたままだ。
玉蓮は、血に塗れた剣を払った。返り血が、頬を伝っていく。その生温かさが、まるで自分の肌の上ではないかのように、ひどく遠い。
「玉蓮、後は残りの部隊に任せる! 行くぞ!」
遠くから、迅の声が聞こえるはずなのに、玉蓮の視線は、血の海に沈む敵将の顔から離れなかった。
(敵将を討った。あいつの国の将を。姉上、玉蓮は強くなって、もっと——)
自分の息遣いだけが頭の中で響いて、その音がどんどん大きく、鼓膜を震わせるように響き渡る。
(もっと——!)
「玉蓮」
突如、凪いだ声が玉蓮の耳に届いた。これまで聞こえていた自分の呼吸音や、遠のいたはずの周囲の喧騒、血潮の音をすべて掻き消す声。そこでようやく玉蓮は、その声がする方にゆっくりと顔を上げた。
「……しゅ、ひ」
彼の瞳はいつもと変わらずに静かなまま。朱飛は何も言わず、無防備に晒された玉蓮の頬へ手を伸ばした。ごつごつした指の背が、頬にこびりついた返り血を、乱暴に、けれど驚くほど優しくぬぐい取る。
玉蓮の肌を汚していた赤が、朱飛の指へと移る。
「俺たちの役目は終わりだ。戻るぞ」
その体温に触れた瞬間、胸を焚きつけていた狂気が嘘のように引いていった。荒れていた呼吸が整い、視界に映る景色も、血の色から本来の色を取り戻していく。玉蓮の馬は、朱飛の馬を追いかけるように、自然と走り出した。
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