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第六章 首輪の在り処
二十九話 柔らかい吐息 1
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◇◇◇ 赫燕 ◇◇◇
天幕の中は、不思議なほどの静寂に包まれていた。遠くでかすかに聞こえる風の音だけが、世界の存在を教えてくれるかのようだった。
赫燕が、目蓋をゆっくりと開く。最初に感じたのは、自らの胸の上にある柔らかな重みと微かな温もり。見れば、そこには玉蓮の安らかな寝顔があった。
彼女の頬が胸の上にあり、赫燕が呼吸するその動きに合わせて小さな頭が上下している。そして、その白い指先は、己が常に首から下げている、対の紫水晶にそっと触れていた。赫燕は、黙ってその光景を見つめる。
彼女のあどけない寝顔。長い睫毛が、白い頬に影を落とし、わずかに開かれた唇からは、穏やかな息づかいが聞こえる。あの情熱的な瞳も、苦しげに歪んだ表情も、今はどこにもない。安らかな寝息を繰り返す、純粋な魂がここにある。
無意識にその黒髪に手を伸ばし、指に絡める。戦で荒れた自分の手とは対照的な、絹のような感触が指先をくすぐる。小さな吐息が、肌に温かく触れる。
彼女の髪からは、沈香ではなく、甘く重たい伽羅の香りが微かに漂い、昨夜の余韻が広がるようだった。自分と同じ匂いを纏い、胸の上で身じろぎする玉蓮を見て、赫燕は自嘲気味に口の端を歪めた。泥と血に塗れたこの腕の中に、あまりにも不釣り合いな無垢。
その無垢な指先が、胸元の紫水晶を弄ぶ。全てが、守れなかった温もりの記憶を呼び覚ます。かつて腕の中にあったはずの日常と、それが灰燼に帰した、あの燃え盛る城の光景を。
紅蓮の炎、そこかしこから立ち上る漆黒の煙、民の悲鳴と脳髄に響く甲高い金属音。自分を羽交締めにして止める、朱飛の小さな手。
「——っ!」
唐突に、胸を熱い鉄の棒で貫かれたかのような激痛が走り、呼吸が止まった。赫燕は一度、固く目を閉じ、浅く息を吸う。そして、次に吐き出された息は、乾いた冷気となって天幕に溶けていった。
目を開けた時には、再び世界から色が消えていく。赫燕は、玉蓮の頭に顔を寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
天幕の中は、不思議なほどの静寂に包まれていた。遠くでかすかに聞こえる風の音だけが、世界の存在を教えてくれるかのようだった。
赫燕が、目蓋をゆっくりと開く。最初に感じたのは、自らの胸の上にある柔らかな重みと微かな温もり。見れば、そこには玉蓮の安らかな寝顔があった。
彼女の頬が胸の上にあり、赫燕が呼吸するその動きに合わせて小さな頭が上下している。そして、その白い指先は、己が常に首から下げている、対の紫水晶にそっと触れていた。赫燕は、黙ってその光景を見つめる。
彼女のあどけない寝顔。長い睫毛が、白い頬に影を落とし、わずかに開かれた唇からは、穏やかな息づかいが聞こえる。あの情熱的な瞳も、苦しげに歪んだ表情も、今はどこにもない。安らかな寝息を繰り返す、純粋な魂がここにある。
無意識にその黒髪に手を伸ばし、指に絡める。戦で荒れた自分の手とは対照的な、絹のような感触が指先をくすぐる。小さな吐息が、肌に温かく触れる。
彼女の髪からは、沈香ではなく、甘く重たい伽羅の香りが微かに漂い、昨夜の余韻が広がるようだった。自分と同じ匂いを纏い、胸の上で身じろぎする玉蓮を見て、赫燕は自嘲気味に口の端を歪めた。泥と血に塗れたこの腕の中に、あまりにも不釣り合いな無垢。
その無垢な指先が、胸元の紫水晶を弄ぶ。全てが、守れなかった温もりの記憶を呼び覚ます。かつて腕の中にあったはずの日常と、それが灰燼に帰した、あの燃え盛る城の光景を。
紅蓮の炎、そこかしこから立ち上る漆黒の煙、民の悲鳴と脳髄に響く甲高い金属音。自分を羽交締めにして止める、朱飛の小さな手。
「——っ!」
唐突に、胸を熱い鉄の棒で貫かれたかのような激痛が走り、呼吸が止まった。赫燕は一度、固く目を閉じ、浅く息を吸う。そして、次に吐き出された息は、乾いた冷気となって天幕に溶けていった。
目を開けた時には、再び世界から色が消えていく。赫燕は、玉蓮の頭に顔を寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
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