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第六章 首輪の在り処
三十話 綻ぶ笑み 3
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それまで天幕の奥に置かれた大仰な椅子で、黙って酒をあおっていたはずの赫燕。彼の一言で、天幕の空気が凍りついたように静まり返る。赫燕は、赤くなった玉蓮の顔など目に入らぬように、冷ややかな瞳で射抜いた。
「迅の小指の動きが見えたか」
「……はい」
「観察できんなら、次は戦術だ」
「え?」
「あの城を落とす策の続きだ」
赫燕は顎で、玉蓮が整理していた地図をしゃくった。まるで、「下らぬ遊びは終わりだ」と告げるように。
「……お前は城主の子供を捕らえると言った。だが、それをどう使う?」
玉蓮は一瞬言葉に詰まったが、すぐに居住まいを正し、背筋を伸ばした。先ほどまでの恥じらいの意識を奥底に消し、その瞳に軍略家としての光を宿らせる。
「……開門されなければ、城壁の前で首を落とします。見せしめとして」
天幕から音が消えた。全員の視線が自分に突き刺さるのを感じる。静寂の中、朱飛が強く空の杯を卓に置く音だけが響いた。
「……まだ、甘いな」
赫燕の喉の奥で、くつり、と低い笑い声が鳴った。
「晒すだけじゃ芸がねえ。その首に文を結びつけてやるんだよ。『次は、お前の城の住人たちの番だ』と、な」
玉蓮の指先が冷たくなるのと同時に、腹の底が熱く疼いた。残酷すぎる策。けれど、それは何よりも確実で、美しいとさえ思えてしまう。
赫燕の放つ血の匂いに、魂が呼応している。乾いた唇を舌で湿らせ、その男の瞳を真っ直ぐ見つめる。心の臓が、何かを求めるようにその鼓動を強く打つ。
息が浅く、短くなっていく。その時——
「お頭」
それまで黙っていた朱飛の声が響いた。凛とした声に、歪な空気が静まり返ると同時に、玉蓮の唇から息が、ふ、と溢れた。
「なんだ」
赫燕の不機嫌そうな声が返る。
「戦に影響するんで、そろそろ玉蓮を隊に戻してくれませんかね」
「ああ?」
赫燕の眉が、ぴくりと上がる。
「こいつは、俺の隊です」
天幕の空気が凍り付く。自分を赫燕から守ろうとするかのような言葉に、玉蓮は驚きで目を見開いた。赫燕は朱飛を数秒間だけ見つめると、やがてその唇に微かな笑みを浮かべる。
「……お前は、こいつが欲しいのか」
赫燕の問いが落ちた瞬間、朱飛の体がぴたりと止まった。その問いには、軽薄な色気も、荒々しい激情もない。王が臣下に問いただすような響きだけがある。
朱飛の視線が、ゆっくりと玉蓮へ流れる。だが、目が合ったのは瞬きするほどの間だけ。彼はすぐに視線を床へ落とし、杯を持つ手に、白くなるほど力を込めた。
「俺は……」
朱飛が、何かを言いかけ——だが、その声は音にならずに消えていく。
「……お頭」
「お前は黙ってろ」
氷のような一言が玉蓮の言葉を簡単に遮る。赫燕は彼女を一瞥もせず、朱飛を見つめている。窒息しそうなほどの静寂が天幕を支配した、そのとき。
——バッ!
その凍り付いた空気を破ったのは、重い布が擦れる大きな音。玉蓮が思わず視線を入り口に向ければ、そこには天幕に足を踏み入れた刹がいた。
「迅の小指の動きが見えたか」
「……はい」
「観察できんなら、次は戦術だ」
「え?」
「あの城を落とす策の続きだ」
赫燕は顎で、玉蓮が整理していた地図をしゃくった。まるで、「下らぬ遊びは終わりだ」と告げるように。
「……お前は城主の子供を捕らえると言った。だが、それをどう使う?」
玉蓮は一瞬言葉に詰まったが、すぐに居住まいを正し、背筋を伸ばした。先ほどまでの恥じらいの意識を奥底に消し、その瞳に軍略家としての光を宿らせる。
「……開門されなければ、城壁の前で首を落とします。見せしめとして」
天幕から音が消えた。全員の視線が自分に突き刺さるのを感じる。静寂の中、朱飛が強く空の杯を卓に置く音だけが響いた。
「……まだ、甘いな」
赫燕の喉の奥で、くつり、と低い笑い声が鳴った。
「晒すだけじゃ芸がねえ。その首に文を結びつけてやるんだよ。『次は、お前の城の住人たちの番だ』と、な」
玉蓮の指先が冷たくなるのと同時に、腹の底が熱く疼いた。残酷すぎる策。けれど、それは何よりも確実で、美しいとさえ思えてしまう。
赫燕の放つ血の匂いに、魂が呼応している。乾いた唇を舌で湿らせ、その男の瞳を真っ直ぐ見つめる。心の臓が、何かを求めるようにその鼓動を強く打つ。
息が浅く、短くなっていく。その時——
「お頭」
それまで黙っていた朱飛の声が響いた。凛とした声に、歪な空気が静まり返ると同時に、玉蓮の唇から息が、ふ、と溢れた。
「なんだ」
赫燕の不機嫌そうな声が返る。
「戦に影響するんで、そろそろ玉蓮を隊に戻してくれませんかね」
「ああ?」
赫燕の眉が、ぴくりと上がる。
「こいつは、俺の隊です」
天幕の空気が凍り付く。自分を赫燕から守ろうとするかのような言葉に、玉蓮は驚きで目を見開いた。赫燕は朱飛を数秒間だけ見つめると、やがてその唇に微かな笑みを浮かべる。
「……お前は、こいつが欲しいのか」
赫燕の問いが落ちた瞬間、朱飛の体がぴたりと止まった。その問いには、軽薄な色気も、荒々しい激情もない。王が臣下に問いただすような響きだけがある。
朱飛の視線が、ゆっくりと玉蓮へ流れる。だが、目が合ったのは瞬きするほどの間だけ。彼はすぐに視線を床へ落とし、杯を持つ手に、白くなるほど力を込めた。
「俺は……」
朱飛が、何かを言いかけ——だが、その声は音にならずに消えていく。
「……お頭」
「お前は黙ってろ」
氷のような一言が玉蓮の言葉を簡単に遮る。赫燕は彼女を一瞥もせず、朱飛を見つめている。窒息しそうなほどの静寂が天幕を支配した、そのとき。
——バッ!
その凍り付いた空気を破ったのは、重い布が擦れる大きな音。玉蓮が思わず視線を入り口に向ければ、そこには天幕に足を踏み入れた刹がいた。
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