闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第六章 首輪の在り処

四十三話 血塗られた褒美 1

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◇◇◇

 玄済げんさい国へと戻った崔瑾さいきんたちは、休む間もなく王宮へと呼び出され、おごそかな雰囲気の謁見えっけんの間で大王にまみえていた。

 玉座の上には、大王がまるで骨のない軟体のように体を放り投げていた。金糸の豪奢な龍袍りゅうほうが、だらしなく玉座から垂れ下がっている。その瞳はこちらを見ているようで、どこか虚空を彷徨っているようにも見える。はり一つ落ちれば響き渡るような静寂の中、大王の指先だけが、何か見えない虫を弄ぶように忙しなく動いていた。

「崔瑾、お前たちの会談の内容は、すでに大臣共から詳しく聞いているぞ」

 王の声が反響する。

 御簾みすの奥から、ふわりと甘く、重厚な伽羅の香りが漂ってきた。それは、この場にいるはずもない者の香り。崔瑾は、眉一つ動かさず、一歩前に進み出て深く頭を下げた。

白楊はくよう国の第一将である、赫燕かくえん殿と会談を行って参りました。直接のご報告が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます」

「良い。お前は遠く白楊はくようとの国境から帰ってきたのだ。ここまでの道のり、およそ三日を要するのは当然であろう。それよりも——」

 少しだけ顔を上げれば、こちらを見ているであろう大王の視線が突き刺さる。そのまま動かずに次の言葉を待つ。

「報告の中で、特に気になるものが一点あった。白楊はくようの華についてだ」

 崔瑾は悟られぬよう、しかし、わずかに息を呑む。

「……公主にございますか」

 自身の報告書にはえてその名を記さなかった。波風を立てぬよう、細心の注意を払ったつもりだった。

「なぜ、お前は報告にあげていない?」

 まるで玩具がんぐを取り上げられた子供のようなその声に、崔瑾の額に一筋の汗が伝い、頬を滑り落ちる。

此度こたびの会談は、白楊はくよう国の第一将を見るための機会。背後に強力な後ろ盾を持たぬ公主など、大王のお耳に入れるようなものではございませぬ」

 きっぱりとそう告げて、再び頭を下げる。

「お前はやはりわかっておらぬな。そうしたところが周礼しゅうれいに及ばぬのだ」

 絹の擦れる音、そして扇が勢いよくはたかれる音がした。

「よいか。玄済げんさいにふさわしい、比類ひるいなき美こそが、私のかたわらにあるべきだ。赫燕を手に入れてやろうかと思うておったが、あの男は強情でな。宝物ほうもつ爵位しゃくいもいくら積んでも、返答すら寄越さぬ」

 大王は、口の端を吊り上げた。

「あの公主は、詩歌うたに詠まれている白菊らしいな? 男たちの心を焼くという、月貌げつぼうの白菊を、この手で散らしてやろうではないか。のう、崔瑾」

 残酷な言葉を、まるで愛を囁くかのように、うっとりと紡ぎ出す。崔瑾の背筋を、冷たいものが駆け上った。

(あの瞳を、なぐさみ物にするというのか——)

 顔を上げ、首を小さく横に振る。

「大王様、なりませぬ。あれは傾国けいこくともいうべき存在。あの姫を後宮にお入れになることだけは——」

「良い、崔瑾。それよりも、お前が進言していた、大孤だいこ*との連合による白楊はくよう国侵攻の話があったな」
(*大孤だいこ・・・玄済げんさい国の北方に位置する騎馬民族国家。)
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