闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第六章 首輪の在り処

四十三話 血塗られた褒美 2

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 一瞬、言葉を失う。しかし、国家の安寧あんねいを願う忠臣としての務めが、彼の背筋を伸ばさせた。

「は、大王様。近年の白楊はくようは、その侵攻を止めることなく我が国を侵略しております。国境を荒らし、民を苦しめ、その横暴は目に余るものがございます。その牙をつために、我が国と大孤だいこ国とが手を組み、白楊はくよう国を討つ他ないかと——」

 崔瑾は、熱意を込めて現状を訴えた。

 白楊はくよう国の侵略は、もはや看過できない域に達している。このままでは、いずれ自国が滅ぼされかねない。国境線は常に緊張状態にあり、いつ大規模な侵攻が起こってもおかしくない状況だった。しかし——


「——理由など良い」


 大王の冷徹な声が、謁見えっけんの間の重い空気を震わせ、頭を下げていた崔瑾の瞳が見開く。

「その戦、許可しよう。お前を総大将とし、大孤だいこやその周辺の騎馬民族をまとめあげ、ともに白楊はくよう国に侵攻せよ」

 息を呑んだ。ざわりと逆撫でされるような感覚が肌をっている。

「戦に勝利したあかつきには、白菊を献上せよ。血にまみれ、崩れ落ちた姿でも良い」

「だ、大王……!」

 これは、戦の許可ではない。いや、許可ではあるが、それは彼に与えられた名誉ある使命ではなかった。目の前が暗くなり、全身を駆け巡る血液が煮えたぎるような感覚に襲われる。

「お前の進言通りに事が進むのだ。母上も白楊はくようの地を攻めるべきだとおっしゃっている。太后たいこう、そして私。この国を治める者が進めと言っておるのだ」

 王は陶酔したように、虚空へ手を伸ばす。

「母上……太后たいこう様は、あの日、燃え盛る業火の中から、身をていして私を抱きかかえて救ってくださったのだ。私は母上のためにこうを尽くさねばならぬ。わかるな」

「ですが」

 王が手に持つ扇が伏せられ、スッと真っ直ぐ崔瑾に向かってあげられる。

「お前が進まねば、お前とお前の軍、そしてお前が治める地の民を殺すまでだ。反逆罪でな」

 王は、子供をなだめるかのように小さいため息を漏らした。

「お前は私の実母の生家、さい家の者であろう。ならば、私のためにその身を砕くことこそ、一族の誉れではないか」

 崔瑾は奥歯を噛み締める。血が繋がっているからこそ、道具として使い潰す。いや、我が身に流れる王家の血筋こそ、大王や太后が敵視するもの。

「お前の配下共の姉妹や娘が後宮にいることを忘れるでないぞ。母上が私以上に厳しいお方ということは、わかっているであろう」

「っ——」

「母上の言葉は、常に正しい……そうだな、崔瑾」

 崔瑾は、ほんのわずかに、喉元を締め上げられたかのように息を詰めた。だが、すぐに頭を下げ、自らの拳に爪を立てる。

 それでも、焼け付くような熱を持って、じりじりと胸の奥から込み上げてくるものを、どうすることもできなかった。
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