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第七章 臨万城の嵐
五十五話 魂の片割れ 1
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◇◇◇ 朱飛 ◇◇◇
鬼気迫るような、それでいて、どこか陶然とした姿だった。自らの天幕へ戻る途中の玉蓮を、朱飛は見つめていた。
あれは、死線を潜り抜けた者だけが纏う、特殊な空気。全ての恐怖と興奮が過ぎ去った後に残る、燃え尽きたかのような静けさと、それでいて、世界の全てを見通すかのような、奇妙な全能感。
今の彼女には、常人の感情の揺れなど、些細なことにしか見えていないのだろう。その、あまりに危うい美しさから、朱飛は目を逸らすことができなかった。そして、気づけば、彼女の名を呼んでいた。
「……玉蓮」
彼女がはっと顔を上げる。朱飛はゆっくりと玉蓮の元へと歩き、その前で止まる。
「お頭は?」
「治療が終わって……意識もあります」
「そうか。お前は大丈夫か」
そう言いながら、玉蓮の頬にそっと指の背を滑らせた。そこには、乾いた涙の跡がはっきりと残っている。
「守り鳥が、心の臓を貫こうとした矢から守ってくれたのです。砕けてしまいましたが」
玉蓮はそう答えると、片手で懐から大切にしまっていた布を開いた。その中には、無残にも砕けた木製の鳥の欠片が収められていた。朱飛は、その小さな破片一つひとつをじっと見つめた。
「直してやる」
朱飛の言葉に、玉蓮は目を見開いた。
「直せるのですか……でも、もうボロボロで」
「今度は、さすがに一晩じゃできないがな」
冗談めかした言葉に、玉蓮の表情にようやく、柔らかな光が灯った。彼女は、砕けた鳥を、そっと朱飛の手に渡す。
「勝手をして、申し訳ありません」
「……ああ」
「兵を、仲間を……死なせてしまいました」
「そうだな」
玉蓮の瞳が揺れ、唇を強く噛み締める。
「あいつらも覚悟はあったはずだ。だが、忘れろとは言わない」
「……はい」
「背負って、進むんだ」
玉蓮の顔がゆっくりと上がり、揺れていたはずの瞳が真っ直ぐ朱飛を捉えた。それを見つめ返せば、彼女は強い眼差しのまま頷く。
風が頬を撫でていく。
朱飛は、玉蓮の襟元から覗いている革紐に視線を移した。
「それは……」
思わず、声が漏れた。
(まさか——)
玉蓮が、襟元からそれを取り出して、紫水晶を見せる。その瞬間、朱飛の世界から、音が消えた。
——炎。血の匂い。幼い主君の、獣のような瞳。その泥だらけの手に握りしめられていた、二つの石。決して手放そうとしなかった、魂の片割れ。それが、なぜ——。
思考が、そこで途切れた。感情が渦巻くことさえ、許されない。絶対的な事実だけが、朱飛の胸を、音もなく貫いていた。言葉にならないものが、喉を塞ぐ。
「……大切に、しろ」
掠れた声で、どうにかそう絞り出すのがやっとだった。玉蓮が紫水晶を握りしめるが、そこから視線を一瞬たりとも逸らすことができない。
「……朱飛?」
玉蓮に呼ばれ、ようやく視線を上げる。ゆっくりと焦点が定まり、目の前に玉蓮を映し出した。朱飛は呼吸を整えようと努めたが、体の奥で燻る感情が喉を締め付けた。
「玉蓮——」
なぜ、名を呼んだのか。自分でも分からない。気づけば、そのあまりにも儚く、危うい体を腕の中に閉じ込めていた。
鬼気迫るような、それでいて、どこか陶然とした姿だった。自らの天幕へ戻る途中の玉蓮を、朱飛は見つめていた。
あれは、死線を潜り抜けた者だけが纏う、特殊な空気。全ての恐怖と興奮が過ぎ去った後に残る、燃え尽きたかのような静けさと、それでいて、世界の全てを見通すかのような、奇妙な全能感。
今の彼女には、常人の感情の揺れなど、些細なことにしか見えていないのだろう。その、あまりに危うい美しさから、朱飛は目を逸らすことができなかった。そして、気づけば、彼女の名を呼んでいた。
「……玉蓮」
彼女がはっと顔を上げる。朱飛はゆっくりと玉蓮の元へと歩き、その前で止まる。
「お頭は?」
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「そうか。お前は大丈夫か」
そう言いながら、玉蓮の頬にそっと指の背を滑らせた。そこには、乾いた涙の跡がはっきりと残っている。
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玉蓮はそう答えると、片手で懐から大切にしまっていた布を開いた。その中には、無残にも砕けた木製の鳥の欠片が収められていた。朱飛は、その小さな破片一つひとつをじっと見つめた。
「直してやる」
朱飛の言葉に、玉蓮は目を見開いた。
「直せるのですか……でも、もうボロボロで」
「今度は、さすがに一晩じゃできないがな」
冗談めかした言葉に、玉蓮の表情にようやく、柔らかな光が灯った。彼女は、砕けた鳥を、そっと朱飛の手に渡す。
「勝手をして、申し訳ありません」
「……ああ」
「兵を、仲間を……死なせてしまいました」
「そうだな」
玉蓮の瞳が揺れ、唇を強く噛み締める。
「あいつらも覚悟はあったはずだ。だが、忘れろとは言わない」
「……はい」
「背負って、進むんだ」
玉蓮の顔がゆっくりと上がり、揺れていたはずの瞳が真っ直ぐ朱飛を捉えた。それを見つめ返せば、彼女は強い眼差しのまま頷く。
風が頬を撫でていく。
朱飛は、玉蓮の襟元から覗いている革紐に視線を移した。
「それは……」
思わず、声が漏れた。
(まさか——)
玉蓮が、襟元からそれを取り出して、紫水晶を見せる。その瞬間、朱飛の世界から、音が消えた。
——炎。血の匂い。幼い主君の、獣のような瞳。その泥だらけの手に握りしめられていた、二つの石。決して手放そうとしなかった、魂の片割れ。それが、なぜ——。
思考が、そこで途切れた。感情が渦巻くことさえ、許されない。絶対的な事実だけが、朱飛の胸を、音もなく貫いていた。言葉にならないものが、喉を塞ぐ。
「……大切に、しろ」
掠れた声で、どうにかそう絞り出すのがやっとだった。玉蓮が紫水晶を握りしめるが、そこから視線を一瞬たりとも逸らすことができない。
「……朱飛?」
玉蓮に呼ばれ、ようやく視線を上げる。ゆっくりと焦点が定まり、目の前に玉蓮を映し出した。朱飛は呼吸を整えようと努めたが、体の奥で燻る感情が喉を締め付けた。
「玉蓮——」
なぜ、名を呼んだのか。自分でも分からない。気づけば、そのあまりにも儚く、危うい体を腕の中に閉じ込めていた。
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