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第八章 別離の衣
五十九話 心の音 1
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しばらくすると疲れたのか、赫燕は自らの肩を揉んで、大きな欠伸を溢す。その一瞬の仕草は、戦場で幾多の修羅場を潜り抜けてきた将軍というよりも、ただの男の日常を垣間見せる。
その姿を黙って見つめていた玉蓮は、そっと彼の背後に回り込むと、彼の広く逞しい肩に、自らの細い手をそっと置いた。玉蓮の指先が彼の凝り固まった筋肉に触れると、赫燕は微かに身じろぎする。
「相変わらず、硬いです」
玉蓮は朗らかな声でそう言って、くすりと笑った。傷を避けながらも、指先に力を込め、ゆっくりと肩の筋肉を揉みほぐし始める。長年の戦で培われた赫燕の肉体は、まるで鋼のように硬く、玉蓮の小さな手には骨の折れる作業だった。
「いつになったら、まともに肩が揉めんだろうな」
赫燕はふっと息を吐きながら、からかうようにそう呟いた。
「まあ。そんなことをおっしゃるのなら、もうおしまいです」
玉蓮はむくれながらも、小さく笑みをこぼす。彼女の指先が肩から離れようとした、その時だった。くつくつと喉を鳴らしていた赫燕は、素早く玉蓮の腕を掴むと、あっという間に自らの逞しい膝の上に座らせた。
突然のことに玉蓮は驚き、小さな悲鳴をあげかけた。だが、彼の腕が力強く、どこか優しく自分を支えるのを感じ、強張っていた肩から、ふっと力が抜けていく。
玉蓮はなされるがまま、彼の膝の上で身体の向きを変え、目の前の深く、そして鋭い瞳を見上げる。
彼女の小さな顎を、彼の大きな手が優しく持ち上げる。ゆっくりと近づいてくるその精悍な顔には、やはりいつもの不敵な笑みが漂っていた。
「俺に逆らうと、どうなるか分かってんだろ」
低く囁かれたその声は、玉蓮の鼓膜を優しく震わせる。柔らかく口付けが落とされたかと思うと、すぐに熱い舌が遠慮なく入り込み、甘い香りを奪い去っていく。玉蓮の頬も首も覆ってしまうほどに大きな手が無遠慮に肌を撫でる。
唇が離れて、再びその瞳を間近で見つめる。獣のように獰猛にも見えるが、一方でどこまでも深く優しく見える。赫燕の熱く硬い胸にそっと頬を寄せれば、力強い心臓の鼓動が骨を伝って玉蓮の全身を震わせた。
——とくん、とくん、と。
それは、紛れもない彼の生の音。その音に誘われるように目をゆっくりと閉じれば、たちまちに彼の肌から立ち上る香りに包まれる。玉蓮の指が、彼の背に、ふ、と伸びる。その下にあるのは、まだ癒えきらぬ傷痕。幾重にも重なった布越しに伝わる体温は、生々しく、確かに熱を持っている。
生きている。あの日、自分のために血を流し、倒れたこの男が、今こうして生きている——。玉蓮の頬に、熱がじんわりと広がっていく。
「……お前は、それが好きだな」
玉蓮の髪を指に絡めながら、少しだけ不思議そうな、また少しだけ諦めたような声で彼が呟くから、玉蓮は、ふふと笑みを溢してしまう。
「あなたの、心の臓の音を聞いているのです」
今度は赫燕が、ふ、と短く息を漏らすように笑った。
「悪趣味なやつだ。俺が生きているか確かめているのか」
悪態をつくような言葉とは裏腹に、その腕は玉蓮をさらに深く抱き寄せた。
その姿を黙って見つめていた玉蓮は、そっと彼の背後に回り込むと、彼の広く逞しい肩に、自らの細い手をそっと置いた。玉蓮の指先が彼の凝り固まった筋肉に触れると、赫燕は微かに身じろぎする。
「相変わらず、硬いです」
玉蓮は朗らかな声でそう言って、くすりと笑った。傷を避けながらも、指先に力を込め、ゆっくりと肩の筋肉を揉みほぐし始める。長年の戦で培われた赫燕の肉体は、まるで鋼のように硬く、玉蓮の小さな手には骨の折れる作業だった。
「いつになったら、まともに肩が揉めんだろうな」
赫燕はふっと息を吐きながら、からかうようにそう呟いた。
「まあ。そんなことをおっしゃるのなら、もうおしまいです」
玉蓮はむくれながらも、小さく笑みをこぼす。彼女の指先が肩から離れようとした、その時だった。くつくつと喉を鳴らしていた赫燕は、素早く玉蓮の腕を掴むと、あっという間に自らの逞しい膝の上に座らせた。
突然のことに玉蓮は驚き、小さな悲鳴をあげかけた。だが、彼の腕が力強く、どこか優しく自分を支えるのを感じ、強張っていた肩から、ふっと力が抜けていく。
玉蓮はなされるがまま、彼の膝の上で身体の向きを変え、目の前の深く、そして鋭い瞳を見上げる。
彼女の小さな顎を、彼の大きな手が優しく持ち上げる。ゆっくりと近づいてくるその精悍な顔には、やはりいつもの不敵な笑みが漂っていた。
「俺に逆らうと、どうなるか分かってんだろ」
低く囁かれたその声は、玉蓮の鼓膜を優しく震わせる。柔らかく口付けが落とされたかと思うと、すぐに熱い舌が遠慮なく入り込み、甘い香りを奪い去っていく。玉蓮の頬も首も覆ってしまうほどに大きな手が無遠慮に肌を撫でる。
唇が離れて、再びその瞳を間近で見つめる。獣のように獰猛にも見えるが、一方でどこまでも深く優しく見える。赫燕の熱く硬い胸にそっと頬を寄せれば、力強い心臓の鼓動が骨を伝って玉蓮の全身を震わせた。
——とくん、とくん、と。
それは、紛れもない彼の生の音。その音に誘われるように目をゆっくりと閉じれば、たちまちに彼の肌から立ち上る香りに包まれる。玉蓮の指が、彼の背に、ふ、と伸びる。その下にあるのは、まだ癒えきらぬ傷痕。幾重にも重なった布越しに伝わる体温は、生々しく、確かに熱を持っている。
生きている。あの日、自分のために血を流し、倒れたこの男が、今こうして生きている——。玉蓮の頬に、熱がじんわりと広がっていく。
「……お前は、それが好きだな」
玉蓮の髪を指に絡めながら、少しだけ不思議そうな、また少しだけ諦めたような声で彼が呟くから、玉蓮は、ふふと笑みを溢してしまう。
「あなたの、心の臓の音を聞いているのです」
今度は赫燕が、ふ、と短く息を漏らすように笑った。
「悪趣味なやつだ。俺が生きているか確かめているのか」
悪態をつくような言葉とは裏腹に、その腕は玉蓮をさらに深く抱き寄せた。
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