闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第十章 正義の敵

七十二話 塞がる道 1

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◇◇◇ 崔瑾さいきん ◇◇◇

 朝議ちょうぎの間へと続く長い回廊を、崔瑾さいきんは一歩一歩、確かな足取りで進んでいた。

 昨夜、蕭将軍が雨の中を駆け込んできたその直後、阿扇が青い顔で戻ってきた。

しょう尚書が、周礼の手の者に連行されました。……これを、私に託して』

 渡されたのは、走り書きの紙片しへんしょう尚書が捕まる直前に、命懸けで蔵から引き出した記録の断片だった。

 二十年前のあの日、王后宮おうこうきゅうから運び出された荷車は、北厳寺ほくがんじへは向かっていない。向かった先は、霜牙そうがの大地の外れ。死体や瓦礫を捨てる、河伯の祠かはくのほこら近くの乱葬崗《らんそうこう》……無縁墓地だ。

(叔母上が……崔王后がそのような場所へ——なんということだ)

 崔瑾は奥歯を思い切り食いしばった。

 ようやく「捨てられた真実」の場所を突き止めた。だが、代わりに崔瑾の蕭尚書の家庭を壊し、その娘を地獄へ叩き落とした。

 だが、代償はそれだけではなかった。

 追いかけていた人間が次々と「病」、「転任」とされ姿を消していく。

(——向こうが先に手を打っている)

 蕭尚書を動かした瞬間に、太后という蜘蛛は、こちらの狙いをすべて察知したのだ。王后殺害の件で直接本丸を攻めれば、今度はどこまで影響が及ぶことか。

(……ならば、先に『手足』を断つ。あの女の権力の源泉……周礼しゅうれいの一族。まずは、そちらからだ)

 ふところに手を入れ、証拠の束に触れる。その感触が、胸の奥の熱をあおる。崔瑾は顔を上げ、眼前に広がる玉座の間へと歩みを進めた。




 崔瑾は、その玉座の前で、手始めにある真実を明らかにしようとしていた。朝議が始まり、崔瑾が証拠の書を提示した瞬間、大臣たちの間には緊張と好奇の入り混じった空気が走った。

「周礼の一族が、国境の兵士たちに送られるはずの武具を横領し、代わりに、使い物にならぬ粗悪品を納入していた証拠でございます。このために、どれほどの兵が犬死にさせられたことか。これは国を内側からむしばむ大罪にございます」

 朝議ちょうぎの間には、驚きと動揺なのか、ざわめきが広がる。周礼は一瞬、その蛇のような顔を引きらせたが、すぐにいつもの粘つくような笑みを浮かべ、涼しい顔を貼り付けた。

「おや、崔瑾殿。それは人聞きの悪い。戦で兵が死ぬのは当然のこと。この戦乱の世、誰もが承知していることですぞ」

 問題など存在していないかのような軽薄な響き。周礼は崔瑾の視線を避けて、居並ぶ大臣たちに視線を送る。

「粗悪品とは失礼な。武器を新調し、国庫も潤っているではないですか」

「軍のものに手を出したというのか。吏部尚書の権限に兵部が含まれるとでも?」

「私が直接取引などした記録などないでしょう。兵部の張将軍が取引をしているはず。何より、国の高貴な方のご意向でもあるのです」

「何を——」

「この商いが、国を豊かにし、ひいては大王様の御威光を輝かせる一助《いちじょ》ともなり得るのです。もっと広い視野でことを見られることをおすすめしますぞ」

「……崔瑾、周礼は我ら王族のために身を粉にして働いておる。お前は国庫を潤すという考えがどうも足らん。軍に金をつぎ込みおって」

「大王、武器がなければ戦えませぬ」

「王族の権威が薄まれば、それこそ国威に関わるであろう。大都督・崔瑾。大国といえど金は無尽蔵に湧いてくるものではないのだ。金の遣い方は、私と母上に任せよ」

 崔瑾は眉をひそめた。周礼という蛇の首が、この国の、最もくらい闇へと繋がっている。背筋がぞわりと粟立ち、視界の端が微かに揺れる。足元の床が、波打つように重く沈んでいく。
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