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第十章 正義の敵
七十八話 魅惑の才気 2
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玉蓮も傷ついてるだろうと阿扇は気まずくなりながらも、視線を動かしたが、飛び込んできたのは、予想もしなかったもの。目の前の玉蓮は、悪意に満ちた言葉の応酬をまるで楽しんでいるかのように、ゆっくりと、確かに、その唇の端を釣り上げたのだ。
阿扇は、息を呑んだ。それは、崔瑾の前で見せる、あの、はにかんだような笑みではない。戦場で兵士が見たと騒いでいた、あの、全てを支配する者の、昏いそれだ。
「え! 奥様!」
翠花の驚きと焦りが入り混じった声が聞こえたかと思うと、当の玉蓮は迷いなく、令嬢たちの声がする方に向けて足を一歩踏み出した。
「ぎょ、玉蓮様!」
阿扇も思わず、玉蓮の名を叫んで呼び止めたが、その声は、玉蓮の耳には届いていない。彼女はどこか楽しげに、舞うように足早に進んでいく。阿扇の手には、嫌な汗がじわりと滲んでいた。次の瞬間、玉蓮は令嬢たちの前に立っていた。
「お待ちを——」
「ご令嬢の皆様、ごきげんよう。とても楽しげなお話ですわね」
令嬢たちの顔から一瞬にして笑顔が消え失せ、驚きと戸惑いの表情が浮かんだ。まるでこの世のものではないモノを見ているかのように、目が見開かれている。
玉蓮は、僅かに顎を上げ、その場の一切を見下ろすかの如く、傲然と視線を巡らせた。
口元には、薄っすらと嘲弄が浮かび、彼女たちの反応を面白がるかのように、さらに深くその弧を描く。それは、もはや悪戯めいた稚気あるものではなく、獲物を追い詰める捕食者のような、冷酷で研ぎ澄まされたものへと変貌していた。
「旦那様に嫁ぎたいと願う令嬢が多い、とか。仕方ないことですわ。旦那様はこの国の英雄。文武両道に秀で、見目麗しく、そして何よりもあんなにお優しい方ですものね」
阿扇が、小さく「玉蓮様」と呼ぶが、玉蓮は知らん顔。
「ですが、そのようなお話を声高になさるのは、いかがなものかと存じます。旦那様に嫁げなかった事実で、ご自身を貶めるだけ。敗者が何を吠えようと、それは戯言《ざれごと》に過ぎませんもの」
「——なんて人なの!」
一人の令嬢が、たまらず叫び声を上げるも、まるで耳に届いていないかのように、玉蓮は、自らの頬にそっと指を触れ、恍惚とした表情を浮かべた。
「旦那様はわたくしとの婚姻を、そんなにもお喜びくださっているのね。この顔をお気に召していただいて、何よりです。皆様も美しいけれど、わたくしほどではございませんものね」
「なっ」
「そのような信じがたい噂が出るほどに、旦那様がわたくしを思ってくださっているなんて、存じ上げなかったわ。ああ、早く屋敷に戻って旦那様をお待ちしなくては。皆様、素敵なお話を本当にありがとう。旦那様によくお伝えしますわね」
玉蓮は、満面の笑みを浮かべ、鈴が鳴るような声で「ねえ、翠花」と呼びかけた。
その声には、先ほどまでの冷たい響きは微塵もなく、まるで純真な少女のような無邪気さが溢れていた。翠花も翠花で、先ほどまでの怒りはどこへやら、玉蓮の変化に戸惑うどころか、にっこりと頷きを返している。
「はい、奥様!」
そんな二人の様子に、周囲の令嬢たちは一瞬、息を呑んだが、阿扇はようやく終わったかと、ふう、と息を漏らした。
「玉蓮様、帰りましょ——」
この場から一刻も早く立ち去りたいという思いが、口から自然とついて出た。
しかし、その言葉は、ふと挙げられた手によって遮られた。
「そういえば——ご挨拶がまだでしたわね」
阿扇は、息を呑んだ。それは、崔瑾の前で見せる、あの、はにかんだような笑みではない。戦場で兵士が見たと騒いでいた、あの、全てを支配する者の、昏いそれだ。
「え! 奥様!」
翠花の驚きと焦りが入り混じった声が聞こえたかと思うと、当の玉蓮は迷いなく、令嬢たちの声がする方に向けて足を一歩踏み出した。
「ぎょ、玉蓮様!」
阿扇も思わず、玉蓮の名を叫んで呼び止めたが、その声は、玉蓮の耳には届いていない。彼女はどこか楽しげに、舞うように足早に進んでいく。阿扇の手には、嫌な汗がじわりと滲んでいた。次の瞬間、玉蓮は令嬢たちの前に立っていた。
「お待ちを——」
「ご令嬢の皆様、ごきげんよう。とても楽しげなお話ですわね」
令嬢たちの顔から一瞬にして笑顔が消え失せ、驚きと戸惑いの表情が浮かんだ。まるでこの世のものではないモノを見ているかのように、目が見開かれている。
玉蓮は、僅かに顎を上げ、その場の一切を見下ろすかの如く、傲然と視線を巡らせた。
口元には、薄っすらと嘲弄が浮かび、彼女たちの反応を面白がるかのように、さらに深くその弧を描く。それは、もはや悪戯めいた稚気あるものではなく、獲物を追い詰める捕食者のような、冷酷で研ぎ澄まされたものへと変貌していた。
「旦那様に嫁ぎたいと願う令嬢が多い、とか。仕方ないことですわ。旦那様はこの国の英雄。文武両道に秀で、見目麗しく、そして何よりもあんなにお優しい方ですものね」
阿扇が、小さく「玉蓮様」と呼ぶが、玉蓮は知らん顔。
「ですが、そのようなお話を声高になさるのは、いかがなものかと存じます。旦那様に嫁げなかった事実で、ご自身を貶めるだけ。敗者が何を吠えようと、それは戯言《ざれごと》に過ぎませんもの」
「——なんて人なの!」
一人の令嬢が、たまらず叫び声を上げるも、まるで耳に届いていないかのように、玉蓮は、自らの頬にそっと指を触れ、恍惚とした表情を浮かべた。
「旦那様はわたくしとの婚姻を、そんなにもお喜びくださっているのね。この顔をお気に召していただいて、何よりです。皆様も美しいけれど、わたくしほどではございませんものね」
「なっ」
「そのような信じがたい噂が出るほどに、旦那様がわたくしを思ってくださっているなんて、存じ上げなかったわ。ああ、早く屋敷に戻って旦那様をお待ちしなくては。皆様、素敵なお話を本当にありがとう。旦那様によくお伝えしますわね」
玉蓮は、満面の笑みを浮かべ、鈴が鳴るような声で「ねえ、翠花」と呼びかけた。
その声には、先ほどまでの冷たい響きは微塵もなく、まるで純真な少女のような無邪気さが溢れていた。翠花も翠花で、先ほどまでの怒りはどこへやら、玉蓮の変化に戸惑うどころか、にっこりと頷きを返している。
「はい、奥様!」
そんな二人の様子に、周囲の令嬢たちは一瞬、息を呑んだが、阿扇はようやく終わったかと、ふう、と息を漏らした。
「玉蓮様、帰りましょ——」
この場から一刻も早く立ち去りたいという思いが、口から自然とついて出た。
しかし、その言葉は、ふと挙げられた手によって遮られた。
「そういえば——ご挨拶がまだでしたわね」
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