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第十一章 心の臓を撃つ石
八十一話 再会
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夜、宮殿で開かれた盛大な酒宴の席。広間には煌びやかな灯りが溢れ、琴の音と人々のざわめきが響き渡る。
だが、鮮やかな音色とは裏腹に、重臣たちの笑い声は、どこか硬い。白楊の文官が、玄済の使節である崔瑾に、にこやかに酒を注ぐも、その目は一切笑っていなかった。
探るような視線が渦巻く中心で、崔瑾は泰然自若として、優雅に杯を傾けている。玉蓮は、その隣で緋色の衣を纏い、杯を傾ける。
酒宴の喧騒の中、崔瑾が他の重臣と話している間に、一人の男が玉蓮の元へと近づいてきた。
「……元気、だった?」
その声は、やっとの思いで絞り出したかのようにかすれている。
歳月を経て、劉永はさらに精悍さを増し、白楊軍の中核を担う将軍へと成長していた。その瞳は、かつて書を読んでいた頃の少年ではなく、多くの兵を率いる将軍のそれだ。深く、静かで、そしてどこか憂いを帯びている。
書を片手に、きらきらと輝く瞳で自分を見つめていた、あの日の瞳とは、まるで違う色。目が合った瞬間、彼の瞳が揺らぐ。彼の纏う清廉な衣の匂い、その変わらない陽だまりのような優しさ。それに触れて過去を思い出すほどに、呼吸の深さが変わっていく。
「劉永様も、ご壮健そうで」
玉蓮は、当たり障りのない言葉を返すことしかできない。
劉永の手が玉蓮の手を掴もうとして、寸前で止まり、微かに震える。もう決して、簡単には触れられない。劉永も玉蓮も。二人きりになることでさえ、名節を汚すことになるのだから。
出かかった言葉を飲み込むように彼の唇が、はく、と動くが、そこから音は漏れずに、そのまま血がにじむほど強く唇が噛まれた。
そして、もう一人。広間の上座近く。猛者たちに囲まれ、まるで獣の王のように、不遜な態度で酒を飲む男がいた。その紫紺の衣を纏った美しい男は、周囲の華やかな装飾の中で、ひときわ異質な闇を放っている。
あの男が、己に注がれる視線に気付かぬはずがない。己に向けられる意識を捉えぬはずがない。だが、多くの瞳が自身に注がれていても、なお、その男はそれが至極当然かのように唇の端だけで薄く笑っている。
赫燕は、白楊国の大将軍に任ぜられていた。その瞳は以前と何も変わらない。全てを見透かし、全てを嘲笑うかのような、深く、昏い光。
その時、赫燕の視線が、広間の喧騒を切り裂くように玉蓮を射抜いた。だが、その視線はすぐに彼女の隣に立つ崔瑾の姿を、まるで値踏みするかのように一瞥し、そして再び玉蓮へと戻ってくる。
その目が触れた瞬間、あの頃の熱と匂いが、まるで今、首筋を這うように蘇る。
だが、鮮やかな音色とは裏腹に、重臣たちの笑い声は、どこか硬い。白楊の文官が、玄済の使節である崔瑾に、にこやかに酒を注ぐも、その目は一切笑っていなかった。
探るような視線が渦巻く中心で、崔瑾は泰然自若として、優雅に杯を傾けている。玉蓮は、その隣で緋色の衣を纏い、杯を傾ける。
酒宴の喧騒の中、崔瑾が他の重臣と話している間に、一人の男が玉蓮の元へと近づいてきた。
「……元気、だった?」
その声は、やっとの思いで絞り出したかのようにかすれている。
歳月を経て、劉永はさらに精悍さを増し、白楊軍の中核を担う将軍へと成長していた。その瞳は、かつて書を読んでいた頃の少年ではなく、多くの兵を率いる将軍のそれだ。深く、静かで、そしてどこか憂いを帯びている。
書を片手に、きらきらと輝く瞳で自分を見つめていた、あの日の瞳とは、まるで違う色。目が合った瞬間、彼の瞳が揺らぐ。彼の纏う清廉な衣の匂い、その変わらない陽だまりのような優しさ。それに触れて過去を思い出すほどに、呼吸の深さが変わっていく。
「劉永様も、ご壮健そうで」
玉蓮は、当たり障りのない言葉を返すことしかできない。
劉永の手が玉蓮の手を掴もうとして、寸前で止まり、微かに震える。もう決して、簡単には触れられない。劉永も玉蓮も。二人きりになることでさえ、名節を汚すことになるのだから。
出かかった言葉を飲み込むように彼の唇が、はく、と動くが、そこから音は漏れずに、そのまま血がにじむほど強く唇が噛まれた。
そして、もう一人。広間の上座近く。猛者たちに囲まれ、まるで獣の王のように、不遜な態度で酒を飲む男がいた。その紫紺の衣を纏った美しい男は、周囲の華やかな装飾の中で、ひときわ異質な闇を放っている。
あの男が、己に注がれる視線に気付かぬはずがない。己に向けられる意識を捉えぬはずがない。だが、多くの瞳が自身に注がれていても、なお、その男はそれが至極当然かのように唇の端だけで薄く笑っている。
赫燕は、白楊国の大将軍に任ぜられていた。その瞳は以前と何も変わらない。全てを見透かし、全てを嘲笑うかのような、深く、昏い光。
その時、赫燕の視線が、広間の喧騒を切り裂くように玉蓮を射抜いた。だが、その視線はすぐに彼女の隣に立つ崔瑾の姿を、まるで値踏みするかのように一瞥し、そして再び玉蓮へと戻ってくる。
その目が触れた瞬間、あの頃の熱と匂いが、まるで今、首筋を這うように蘇る。
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