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第十一章 心の臓を撃つ石
八十話 雛許(すうきょ)への帰還
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◇◇◇
ある日、白楊と玄済の間の脆い和睦を再確認するため、玄済からの使節団が、白楊の都・雛許を訪れることが決まった。
代表は大都督である崔瑾。そして玉蓮も、妻として、また元は白楊国公主として、その使節団に同行することになった。
使節団として白楊国に赴くことが決まったその日、玉蓮は一人、崔瑾の屋敷の自室の窓辺に佇んでいた。久方ぶりに踏む、故郷の土。懐かしいという甘い響きとはほど遠い。
胸を支配するのは、あの地で再び相まみえるであろう、二人の男の存在。陽だまりのような優しい光。そして、魂ごと焼き尽くす絶対的な闇。そのどちらにも、もはや自分は身を置くべきではない。そう分かっているのに、心が揺れて、乱れて、騒がしい。
「奥様。白楊国からの商団に託されたお文が届いております」
翠花の声に、玉蓮は我に返った。差し出された一通の文。その差出人の名に、玉蓮は息を呑んだ。そこに記されている名は、「劉永」。いつもと変わらぬ彼の力強く、どこか真っ直ぐな筆跡に、指が微かに震える。
この封を切ってしまえば、そこにはきっと変わらぬ彼の優しさが満ちているのだろう。
——でも。自分を妻として慈しみ守ってくれる、あの誠実な男への裏切りになる。玉蓮は、その文を開けることなく、立ち上がり、部屋の隅に置かれた文箱の、蓋をゆっくりと開ける。
中には、封を切られることなく眠っている、同じ筆跡の文が既に数通。冷たく、薄い紙の重なりに手を添えれば、かさりと乾いた音がする。
「永兄様……」
かたんと、箱の蓋が閉められる音が玉蓮の耳に木霊した。
◇◇◇
馬車の窓から、見慣れた景色が近づいてくる。玄済国に贈られる時、罪人のようにこの地を去った時とは違う、華やかな歓迎の行列。城門の外から響く太鼓の音が、皮膚を通り越し、胸の奥に鈍く響いた。
あの時はなかった花の香りが、やけに鼻につく。まるで過去を隠すための仮面のように。
記憶が——赫燕の肌を焼くような熱、不遜な瞳——それらが、肌の内側をゆっくりと焼いていくような音がする。じりじり、と。微かに、でも確かに。
ふと、隣に座る夫の穏やかな温もりが肩に触れた。この温かさに、どれほど救われてきたことだろう。
——なのに、なぜ。
それを感じれば感じるほど、白楊の地を踏むごとに、あの男の荒々しい熱だけが、この体を内側から焦がしていく。玉蓮は、その熱を振り切る術もなく、紫水晶に触れるように胸に手を置いて、目を閉じた。
ある日、白楊と玄済の間の脆い和睦を再確認するため、玄済からの使節団が、白楊の都・雛許を訪れることが決まった。
代表は大都督である崔瑾。そして玉蓮も、妻として、また元は白楊国公主として、その使節団に同行することになった。
使節団として白楊国に赴くことが決まったその日、玉蓮は一人、崔瑾の屋敷の自室の窓辺に佇んでいた。久方ぶりに踏む、故郷の土。懐かしいという甘い響きとはほど遠い。
胸を支配するのは、あの地で再び相まみえるであろう、二人の男の存在。陽だまりのような優しい光。そして、魂ごと焼き尽くす絶対的な闇。そのどちらにも、もはや自分は身を置くべきではない。そう分かっているのに、心が揺れて、乱れて、騒がしい。
「奥様。白楊国からの商団に託されたお文が届いております」
翠花の声に、玉蓮は我に返った。差し出された一通の文。その差出人の名に、玉蓮は息を呑んだ。そこに記されている名は、「劉永」。いつもと変わらぬ彼の力強く、どこか真っ直ぐな筆跡に、指が微かに震える。
この封を切ってしまえば、そこにはきっと変わらぬ彼の優しさが満ちているのだろう。
——でも。自分を妻として慈しみ守ってくれる、あの誠実な男への裏切りになる。玉蓮は、その文を開けることなく、立ち上がり、部屋の隅に置かれた文箱の、蓋をゆっくりと開ける。
中には、封を切られることなく眠っている、同じ筆跡の文が既に数通。冷たく、薄い紙の重なりに手を添えれば、かさりと乾いた音がする。
「永兄様……」
かたんと、箱の蓋が閉められる音が玉蓮の耳に木霊した。
◇◇◇
馬車の窓から、見慣れた景色が近づいてくる。玄済国に贈られる時、罪人のようにこの地を去った時とは違う、華やかな歓迎の行列。城門の外から響く太鼓の音が、皮膚を通り越し、胸の奥に鈍く響いた。
あの時はなかった花の香りが、やけに鼻につく。まるで過去を隠すための仮面のように。
記憶が——赫燕の肌を焼くような熱、不遜な瞳——それらが、肌の内側をゆっくりと焼いていくような音がする。じりじり、と。微かに、でも確かに。
ふと、隣に座る夫の穏やかな温もりが肩に触れた。この温かさに、どれほど救われてきたことだろう。
——なのに、なぜ。
それを感じれば感じるほど、白楊の地を踏むごとに、あの男の荒々しい熱だけが、この体を内側から焦がしていく。玉蓮は、その熱を振り切る術もなく、紫水晶に触れるように胸に手を置いて、目を閉じた。
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