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1章 春の予感
3話 熱を帯びる距離 3
◇
眠りに落ちて、たぶん数時間経った頃だったと思う。いつもと違う手の感覚に気付いて少しだけ頭が覚醒する。手が温かい。眠気に支配される頭で、意識が向かうのは、しっかりと握られている私の手。
隣を見れば、静かに寝息を立てる矢野くんがいる。いつの間に握ってしまったのだろう。隣で眠る彼を起こさないように、静かに少しずつそれをほどいていく。手が完全に離れたところで静かに寝返りをうち、彼に背を向けると、またすぐに眠気が私を支配した。
そして、再び目覚めようとした瞬間。
「ん……」
なんだかとても温かい。さっきまで少し肌寒さを覚えていたはずなのに、温かくて気持ちがいい。半分寝ている頭のまま、ゆっくりまぶたを開けると、目の前に男の人の胸があった。頬をすり寄せると、私の体を包み込む彼の腕に力が込められる。
(ああ、そうか)
彼が抱きしめてくれていたから暖かいんだ。何度も別れようとしても離れられなくて、別れてもこうして一緒にいる。そう、一緒に。
深く息を吸い込んでその胸に手を触れたその瞬間、鼻を掠めたのは、元カレの愛用していた香水ではなく、清潔な石鹸の香り。……そして、ゴツゴツとした硬い感触。
「おはよ」
頭上から元カレよりも低い声が降ってきて、慌ててその声のする方に目を向けると、いつものポーカーフェイス。
(……はい?)
彼の顔を見つめながらも、すごい速さで疑問が頭を駆け巡る。
「なんだよ」
「え?」
目の前にある顔が不機嫌に曇る。それを見て、寝ぼけていた頭が急速にクリアになっていく。
ようやく頭が追いついて、「おはよう」と口にした。矢野くんの顔に再び視線を戻すと、今度は満足そうな笑顔が返される。その柔らかい笑顔に、カーテンの隙間から差し込む春の日差しが当たった。いつも表情を出さない彼が、こんなに柔らかく笑うのだと見とれてしまう。
ぼんやりと見つめる私に、彼はまた少し目を細めた。彼の視線に耐えられなくなり、視線を自分の体に落とす。すると、目に入ってきたのは、彼の胸元に密着する私の体。少し視線を右にずらすと、彼のたくましい腕が目に入る。
「矢野くん……あの、これは何でしょうか?」
「これって?」
「なんで、わたくし……抱きしめられているのでしょうか」
お互いに向き合った私たち。そして、なぜか矢野くんの腕が私の腰に回っている。その現状に寝起きの頭ながら色々考えてみたものの、答えが出なくて心臓の音が大きくなっていく。
「なんでって、そっちがくっついてきたから」
「私!?」
嘘だ。いや、寝相の悪い私ならありえるかもしれない。それにしても、離してくれないのはなぜ?
「……スマホ」
「え?」
呟くようなその声が一瞬聞き取れなくて、思わず聞き返してしまった。彼は右手を上に伸ばすと、私の目の前にスマホをぶら下げた。矢野くんの言いたいことがわからなくて、また彼に視線を戻す。彼は気まずそうに視線をそらして、スマホを布団の上に置くと言葉を続けた。
「さっき何度も鳴ってた。アラームかと思ったら、電話。……この時間にかけてくるの、元カレだろ」
画面には、確かに元カレからの不在着信が三件。小さくため息をついて、もう一度手の中のスマホを少し見つめてから、静かに枕元に置いた。
眠りに落ちて、たぶん数時間経った頃だったと思う。いつもと違う手の感覚に気付いて少しだけ頭が覚醒する。手が温かい。眠気に支配される頭で、意識が向かうのは、しっかりと握られている私の手。
隣を見れば、静かに寝息を立てる矢野くんがいる。いつの間に握ってしまったのだろう。隣で眠る彼を起こさないように、静かに少しずつそれをほどいていく。手が完全に離れたところで静かに寝返りをうち、彼に背を向けると、またすぐに眠気が私を支配した。
そして、再び目覚めようとした瞬間。
「ん……」
なんだかとても温かい。さっきまで少し肌寒さを覚えていたはずなのに、温かくて気持ちがいい。半分寝ている頭のまま、ゆっくりまぶたを開けると、目の前に男の人の胸があった。頬をすり寄せると、私の体を包み込む彼の腕に力が込められる。
(ああ、そうか)
彼が抱きしめてくれていたから暖かいんだ。何度も別れようとしても離れられなくて、別れてもこうして一緒にいる。そう、一緒に。
深く息を吸い込んでその胸に手を触れたその瞬間、鼻を掠めたのは、元カレの愛用していた香水ではなく、清潔な石鹸の香り。……そして、ゴツゴツとした硬い感触。
「おはよ」
頭上から元カレよりも低い声が降ってきて、慌ててその声のする方に目を向けると、いつものポーカーフェイス。
(……はい?)
彼の顔を見つめながらも、すごい速さで疑問が頭を駆け巡る。
「なんだよ」
「え?」
目の前にある顔が不機嫌に曇る。それを見て、寝ぼけていた頭が急速にクリアになっていく。
ようやく頭が追いついて、「おはよう」と口にした。矢野くんの顔に再び視線を戻すと、今度は満足そうな笑顔が返される。その柔らかい笑顔に、カーテンの隙間から差し込む春の日差しが当たった。いつも表情を出さない彼が、こんなに柔らかく笑うのだと見とれてしまう。
ぼんやりと見つめる私に、彼はまた少し目を細めた。彼の視線に耐えられなくなり、視線を自分の体に落とす。すると、目に入ってきたのは、彼の胸元に密着する私の体。少し視線を右にずらすと、彼のたくましい腕が目に入る。
「矢野くん……あの、これは何でしょうか?」
「これって?」
「なんで、わたくし……抱きしめられているのでしょうか」
お互いに向き合った私たち。そして、なぜか矢野くんの腕が私の腰に回っている。その現状に寝起きの頭ながら色々考えてみたものの、答えが出なくて心臓の音が大きくなっていく。
「なんでって、そっちがくっついてきたから」
「私!?」
嘘だ。いや、寝相の悪い私ならありえるかもしれない。それにしても、離してくれないのはなぜ?
「……スマホ」
「え?」
呟くようなその声が一瞬聞き取れなくて、思わず聞き返してしまった。彼は右手を上に伸ばすと、私の目の前にスマホをぶら下げた。矢野くんの言いたいことがわからなくて、また彼に視線を戻す。彼は気まずそうに視線をそらして、スマホを布団の上に置くと言葉を続けた。
「さっき何度も鳴ってた。アラームかと思ったら、電話。……この時間にかけてくるの、元カレだろ」
画面には、確かに元カレからの不在着信が三件。小さくため息をついて、もう一度手の中のスマホを少し見つめてから、静かに枕元に置いた。
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