社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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2章 曖昧な境界線

4話 名前のない関係 1

◇◇◇

 担当する千葉県の地図とにらめっこ。香取さんが四十七都道府県分を作成したらしい完璧な調査計画書。

(あの人はバケモノか)

 それによれば、千葉での必要調査員数は五十名。統計学に基づいた厳密なサンプリング地点らしいけれど、私には「とにかく人が足りない」という事実しか見えてこない。あのどこか冷ややかで甘ったるい瞳で、「どう、採用?」と見下ろされる自分を想像して、背筋が寒くなる。

 千葉市や船橋市といった都市部は順調だ。問題は、館山などの南部エリア。南に行けば行くほど、応募の電話すら鳴らない。

「う~ん」

 机とホワイトボードを行ったり来たりしていると、お尻をポンと叩かれた。

「ゆりちゃん、顔色悪いわよ。大丈夫?」

「本当ですか? あまり寝てないからかな。お肌もカサカサ」

「ご飯は? ちゃんと食べてるの? 今日のお昼はちゃんとしたご飯、食べに行こうね」

 心配してくれるのは、同じチームの先輩女性スタッフ。まるで母か姉のようだ。

「ゆり、働き過ぎだぞ。もうちょっと仕事分けろよ。ほら、資料」

 向かいの席から、朝にお願いしたばかりの書類がぬっと突き出される。

「え! もう終わったんですか? すごい!」

「そうだろ」

 得意げに笑う男性スタッフにつられて、私も笑みがこぼれる。千葉チームのメンバーは全員私より年上だ。頼りない新米リーダーを、みんなで支えてくれている。

 小休憩のために化粧室へ行くと、鏡の中の自分に驚愕した。どんよりと曇った顔色。ファンデーションが浮いた肌。人生最悪のコンディションだ。それでも、辛いとは思わなかった。平日はプロジェクトに没頭し、休日は同期と遊ぶ。忙殺されているけれど、充実していた。

 そして何より、私のデスクの隣には矢野くんのデスクがあった。

「ねぇ、矢野くん」

「なに?」

「これってどうしたらできる?」

「どれ?」

 パソコン操作が得意らしい彼は、椅子ごと私の隣に移動してマウスを握る。

「こうして、ここがこうで……」

「できた! すごい!」

「ったく、毎回毎回。お前もちょっとは勉強しろよ」

「まぁまぁ、そう言わずに。これからもお願いしますよ、お兄さん」

「お兄さんじゃねぇよ」

「だって矢野くんお兄ちゃんみたいなんだもん。面倒見がいいね」

 矢野くんの面倒見の良さは、実際の兄以上だ。私が隣でうなっていれば、うるさいと言いながらもすぐにこちらのパソコンを覗き込む。

 そして、パソコンの面倒を見るだけでなく、毎日のように私の終電の時間まで気にかける。時計の針が夜の二十三時を回れば、ことあるごとに「終電だからな」と気にかける。過保護の度合いは、誰よりも上を行く。

「面倒見……お前は本当に手がかかるな」
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