社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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2章 曖昧な境界線

5話 思惑 1

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◇◇◇

「広斗おはよ!」

「ん……」

 週明けの月曜日、池袋オフィスの休憩室。

 この時間帯、ここにいるのは出勤の早い私たちだけ。大抵、私か広斗のどちらかが一番に出社する。広斗は一人で新聞を読みながらコーヒーを飲むのが日課らしい。一番早く出社するくせに、低血圧の広斗はいつも機嫌が悪い。おはようとこちらが声をかけても、返ってくるのは「ん」の一文字だけ。

 社会人としてどうなのとは思うけれど、口にはしない。触らぬ神に祟りなし。

 広斗とは離れた席に座ってからしばらくすると、休憩室のドアが勢いよく開いた。そこにはいつもどおり、笑顔の浩ちゃん。

「おはよう!」

「浩ちゃんおはよう!」

「……浩司は朝から元気だな」

「朝は爽やかにな!」

 浩ちゃんがその言葉どおりの爽やかで可愛らしい笑顔を見せる。私は笑顔を返しつつ、ちらりと広斗の顔を見た。

「さすが浩ちゃん。この人は本当にいつも不機嫌で……」

「あ? 俺のこと?」

「あなた以外にどなたがいるの?」

「……朝だから」

「低血圧やな。ま、広斗が朝から爽やかにしてたら怖いから」

「爽やかな広斗。想像できない」

「な?」

 昨日も終電で帰った私たちは、朝の八時にはこうしてオフィスに出社。目の下のクマが消えない日々が続いている。

 九時になり、始業時間を迎えると、一気にフロア内は慌しくなった。週末には、群馬県知事選挙。第一回プロジェクトの本番が迫っている。

 朝のミーティングが終わり、ふと顔を上げたとき、香取さんの視線がこちらに向けられていることに気づいた。

「草下さん、ちょっといい?」

「はい。なにか必要なものありますか?」

「いや、大丈夫。ちょっとお願いがあって」

「はい、わかりました」

 いつの頃からか、私は香取さんといつも一緒に動いていた。その理由は単純で、香取さんの業務量が桁外れに多くて、私のチームスタッフが指示なんてほとんど出さなくてもいいほどとても優秀だから。

 ある夜、香取さんに呼ばれて彼のデスクに行くと、そこに広がっていたのは経営企画の書類たち。「経営企画の仕事もあるんですか? こんなに?」と聞く私に、にっこりと笑顔だけで答えたその人。

 香取さんは、いつ休んでいるんだろうと不思議になるくらいずっと仕事をしている。経営企画の仕事もやって、このプロジェクトの仕事もやる。でも忙しい素振そぶりなんてメンバーには見せない。いつも穏やかで、優しくて、冷静な彼の笑顔に見える濃く深いクマ。

 見て見ぬふりなんてできなくて、「お仕事お手伝いしたいです」と勝手に口がしゃべっていた。

 それからというもの、香取さんからなにかと業務を頼まれるようになった。認めてもらえたようで嬉しくて、私は進んでそれらを引き受けていた。
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