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2章 曖昧な境界線
6話 夜のオフィスへ 1
◇
「どうした?」
「なんかミスがあった?」
「大丈夫だった?」
香取さんの様子を不思議に思いながら自分のデスクに戻ると、スタッフたちが勢いよく話しかけてくる。どうやら、私はいつの間にか難しい顔をしていたみたい。異様に心配するみんなに、慌てて笑みを返した。
「大丈夫です。今週の土日の準備を頼まれただけです!」
みんなは一気にほっとした顔を見せる。「なるべく千葉県の業務は俺らでやるよ」なんて言ってくれるみんなの言葉が嬉しくて笑っていたら、隣から広斗の視線を感じた。
「なに?」
「知事選のオフィスフロア準備?」
「うん。今日の九時からだって」
「お前、終電十一時台だろ? 他の奴の方がいいんじゃねえの?」
「でも、広斗か私に頼みたかったらしくて。でも広斗は調査件数が多いでしょ? だからだって」
「……あんまり無理すんなよ。俺も早く終わったら手伝う」
「あら! 広斗くん優しいじゃん」
「俺のほうが有能だからな」
「私だってオフィスフロアを準備するくらい、できますよ!」
広斗の腕を軽く叩いて笑うと、広斗も笑顔を返してくれた。
時計が夜の八時を回った頃から、パソコンの画面右下を確認しながら作業を進めていく。きりが良いところで終えられそう。
香取さんに言われていた時間の十分前になったのを確認して、パソコンを閉じて大きく息を吐く。それを見ていたのか、香取さんが私のデスクに近づいてきた。
「草下さん、業務大丈夫そう? オフィスフロア準備入れる?」
「はい、大丈夫です。今、行きます!」
柔らかく微笑む彼に同じく笑顔を返しつつも慌てて席を立つと、広斗がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「香取さん、俺も手伝います」
その言葉に驚いて、広斗の方に振り向く。香取さんが言っていた通り、東京のデータは多い。さっきも隣の東京メンバーの誰かが、「まだまだ時間がかかる」みたいなことを言っていたのが聞こえてきていた。
「でも、広斗」
「俺は大丈夫。家近いし。そっちの作業の後に残ってやっていくから」
「ひろ——」
「矢野くん、ありがとう。でも、深夜になってやりすぎるのも良くないから、今日のところは草下さんだけで大丈夫だよ。明日の朝イチ提出の資料、終わってないでしょ?」
香取さんは穏やかな微笑みを浮かべて、広斗に言い聞かせるように優しげに話す。
「広斗、ありがとう。千葉は資料終わってるから、大丈夫だよ?」
私の言葉を聞いているのか、いないのか。どこか不機嫌そうな、呆れたような、なんとも言えない不思議な顔をする。そして、なにかを考えるように斜め下に視線を落としてから、ゆっくりと口を開いた。
「わかりました。すみません。明日から手伝います——」
「——明日からはね」
明日から手伝うと言う広斗に、間髪をいれずに返答する香取さん。
「矢野くんに余裕があったら、別の仕事を頼みたいんだ」
優しい言葉遣いなのに、有無を言わせぬ強い口調。それに少し驚いて香取さんを見上げるけど、そこにはいつもと変わらない優しい微笑みがあるだけ。
「別の仕事ですか?」
「あぁ。矢野くんに頼みたいんだよね」
「はい……わかりました」
広斗は承諾したものの、その拳は強く握りしめられていた。どこか意味ありげな瞳が、私を一瞬だけ強く捉えた。
「うん。とりあえず、フロア準備は草下さんだけで大丈夫。じゃ、お疲れ様」
香取さんは広斗に笑顔を返したと思ったら、すぐに方向を変えてドアの方に歩き出してしまう。
「じゃあね、広斗。行ってくるね」
「終電、気をつけろよ」
「わかってる!」
広斗に手を挙げて答えて、すぐに香取さんの背中を追いかけた。
「どうした?」
「なんかミスがあった?」
「大丈夫だった?」
香取さんの様子を不思議に思いながら自分のデスクに戻ると、スタッフたちが勢いよく話しかけてくる。どうやら、私はいつの間にか難しい顔をしていたみたい。異様に心配するみんなに、慌てて笑みを返した。
「大丈夫です。今週の土日の準備を頼まれただけです!」
みんなは一気にほっとした顔を見せる。「なるべく千葉県の業務は俺らでやるよ」なんて言ってくれるみんなの言葉が嬉しくて笑っていたら、隣から広斗の視線を感じた。
「なに?」
「知事選のオフィスフロア準備?」
「うん。今日の九時からだって」
「お前、終電十一時台だろ? 他の奴の方がいいんじゃねえの?」
「でも、広斗か私に頼みたかったらしくて。でも広斗は調査件数が多いでしょ? だからだって」
「……あんまり無理すんなよ。俺も早く終わったら手伝う」
「あら! 広斗くん優しいじゃん」
「俺のほうが有能だからな」
「私だってオフィスフロアを準備するくらい、できますよ!」
広斗の腕を軽く叩いて笑うと、広斗も笑顔を返してくれた。
時計が夜の八時を回った頃から、パソコンの画面右下を確認しながら作業を進めていく。きりが良いところで終えられそう。
香取さんに言われていた時間の十分前になったのを確認して、パソコンを閉じて大きく息を吐く。それを見ていたのか、香取さんが私のデスクに近づいてきた。
「草下さん、業務大丈夫そう? オフィスフロア準備入れる?」
「はい、大丈夫です。今、行きます!」
柔らかく微笑む彼に同じく笑顔を返しつつも慌てて席を立つと、広斗がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「香取さん、俺も手伝います」
その言葉に驚いて、広斗の方に振り向く。香取さんが言っていた通り、東京のデータは多い。さっきも隣の東京メンバーの誰かが、「まだまだ時間がかかる」みたいなことを言っていたのが聞こえてきていた。
「でも、広斗」
「俺は大丈夫。家近いし。そっちの作業の後に残ってやっていくから」
「ひろ——」
「矢野くん、ありがとう。でも、深夜になってやりすぎるのも良くないから、今日のところは草下さんだけで大丈夫だよ。明日の朝イチ提出の資料、終わってないでしょ?」
香取さんは穏やかな微笑みを浮かべて、広斗に言い聞かせるように優しげに話す。
「広斗、ありがとう。千葉は資料終わってるから、大丈夫だよ?」
私の言葉を聞いているのか、いないのか。どこか不機嫌そうな、呆れたような、なんとも言えない不思議な顔をする。そして、なにかを考えるように斜め下に視線を落としてから、ゆっくりと口を開いた。
「わかりました。すみません。明日から手伝います——」
「——明日からはね」
明日から手伝うと言う広斗に、間髪をいれずに返答する香取さん。
「矢野くんに余裕があったら、別の仕事を頼みたいんだ」
優しい言葉遣いなのに、有無を言わせぬ強い口調。それに少し驚いて香取さんを見上げるけど、そこにはいつもと変わらない優しい微笑みがあるだけ。
「別の仕事ですか?」
「あぁ。矢野くんに頼みたいんだよね」
「はい……わかりました」
広斗は承諾したものの、その拳は強く握りしめられていた。どこか意味ありげな瞳が、私を一瞬だけ強く捉えた。
「うん。とりあえず、フロア準備は草下さんだけで大丈夫。じゃ、お疲れ様」
香取さんは広斗に笑顔を返したと思ったら、すぐに方向を変えてドアの方に歩き出してしまう。
「じゃあね、広斗。行ってくるね」
「終電、気をつけろよ」
「わかってる!」
広斗に手を挙げて答えて、すぐに香取さんの背中を追いかけた。
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