社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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2章 曖昧な境界線

7話 揺さぶり 3

 色気に絡めとられそうな自分に「しっかりしなさい」と言い聞かせて、その大きな瞳から目をそらす。でもその視線は定まらずに、右へ左へと彷徨っているだけ。

 私の動揺なんて見透かしているかのように、楽しそうに引き上げる唇が視界に入る。それにまた反応するように頬が熱くなるのがわかるけれど、自分ではどうしようもない。そんな私のことなんて、きっとすべて彼は分かっているんだと思う。

 だって、その証拠に、ほら。喉の奥でくっと笑いをかみ殺した。

「そう、嫌いじゃないんだ。よかった。じゃあ、試してみる?」

「……はい?」

「今日から一週間、泊まりにおいでよ。いつも終電で辛いでしょ? 家遠いから朝も早いだろうし。それに、俺を知ってほしいんだよね」

 香取さんは、その端整な顔に無邪気な笑みを浮かべて、とんでもないことを言う。呆気に取られた私は、口をぽかんと開けたまま。毎度のことながら、その顔で微笑みかけるのはやめてほしい。

(本当にもう……綺麗です)

「香取さんなにを言ってるんですか。本当にいつもそういう冗談ばっかり。からかいすぎです」

「からかってないよ」

「そのお顔で、セクハラと言われないと思ってますね」

 何が面白かったのか、香取さんは突然吹き出して笑い始めた。顔を少しだけ赤くしながら机に突っ伏す姿はあまり見られないもの。

「ん~た、確かに……ククっ……自分から誘わないからかな」

「暗に誘われると言ってますね」

「手厳しいね。まあ、否定はしないけど」

 椅子を香取さんに向けて、真正面から彼をとらえると、彼は虚をつかれたように目を少しだけ見開いた。

「香取さん、いいですか。私は遊びには付き合いません。興味ありません。ちゃんと恋したいんです」

「……恋?」

「そうですよ。私、浮気した元カレとやっと終わったところなんです。だから——」

「——仕事を頑張るって?」

「いえ、仕事も恋も頑張ります! 恋が終わって、それを諦めるなんて勿体無いじゃないですか。仕事も恋も全力です!」

 香取さんの薄茶のビー玉みたいな瞳が、オフィスの灯りを取り込んで揺らめいている。顎を数度ゆっくりとさすった指が、デスクを軽く叩く。

「わかった」

「じゃあ——」

「真剣であればいいんでしょ? まず俺を知ってもらうのが一番だと思う」

「私、特に知りたくありません」

「あ、ひどいな」

「ひどくありません」

「俺、割と真剣に言ってるんだけど」

「信じられません」

 私がどれだけ否定の言葉を並べても香取さんには全然効いていないみたいで、甘ったるい笑顔を返されるだけ。

「本当だよ。一緒に仕事をしていて、ゆりちゃんのこといいなと思ったんだ。一生懸命なところも、周りに気を使うところも」

 香取さんがその大きな目で見つめてくるから、囚われたように、私は視線をそらすことができない。

「でも、俺の一方的な気持ちだってわかってる」

「あの……」

「だから、俺のことを知ってもらうためにまずは一週間。このプロジェクトが終わったら会う機会ないし、プロジェクト中も毎日この時間だから、話す時間ないでしょ?」

「そう、ですけど」

「かなり強引なのはわかってるけど、考えてみて欲しい」
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