社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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2章 曖昧な境界線

7話 揺さぶり 4

 香取さんを見ると、その目は真っ直ぐ私を捉えている。けれど、その瞳の中にはなんだか楽しげな感じが見え隠れする。獲物を見つけたというか、玩具を見つけたような顔。

「……だめ?」

 香取さんのような大人の男性が考えていることなんて、正直わからない。

「……本気、ですか?」

「うん」

「その余裕な感じは、大人の余裕ですか?」

「余裕そう? これでも結構緊張してる」

「まったく見えません」

 確かにこの一か月、香取さんとはプロジェクトメンバーの中で特に長い時間一緒にいた。正直に言えば、一緒に仕事をしていてとても楽しかった。いつも心地よくて安心してしまうほどに。

 私のことを子供扱いしつつも、きちんと女性として扱ってくれるところも嬉しかったし、素敵な上司で、優しくて、大人の男性で。見た目は相当かっこいい。

 家に泊めてくれるのは確かにとてもありがたい。けれど、それだけで終わるかと言えばきっと終わらないとも思う。それぐらいは、私でもわかる。香取さんに本気で迫られたら、私みたいな小娘はきっとすぐに捕まってしまうことも。

 一人で色々なシチュエーションを考えていると、香取さんがふっと笑う声が聞こえてくる。

「ねぇ、ゆりちゃん。なんだか色々考えてるみたいだけど」

「あ、はい……い、色々と」

「まぁ、一週間っていう話は置いておいてさ、今日はとりあえず、うちにおいで。こうやって誘っておいて信用ないかもしれないけど、本当になにもしないから。ちゃんと体を休めたほうがいいよ」

 そう言いながら、香取さんは距離を詰めて私の片方の手を握った。

 一週間は無理だけど、とりあえず今日ならと思わせる策士さん。でも、香取さん。何もしないって言ったくせに、もうしてる。大人にとって、これは「何かしている」内に入らないのでしょうか。ねえ、どなたか教えてください。

 指先から伝わる温もりに、思考回路はショート寸前。ああ、これは美少女戦士。頭の中で美少女の変身シーンの映像が流れるのは、きっと私がパニックだから。

 これが誘惑というものだろうか。誘って惑わす。まさしく、今、私は誘われて惑わされている。

 自分がモテると知っている男はこれだから困る。断られない自信が見える。「大人の男は怖いもの」。誰かがそう言っていた気がする。豪さんだっけ、そう言ってたの。

「俺の家、池袋オフィスから五分くらいだから。明日の朝もゆっくりできるよ」

「……五分……」

 揺れだす私に追い討ちをかけるように、香取さんが揺さぶってくる。毎朝五時起きの私にはなによりも魅力的な話。心がまさにグラグラと揺れる。「行きます」そう答えようか悩んでいると……



 ——ガシャン。



 扉の開く音が、静寂を切り裂いた。

「ひろ……」

 開いた扉の先に立っていたのは、鋭い視線で私たちを射抜く、広斗だった。
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