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2章 曖昧な境界線
8話 交差する視線 1
香取さんは広斗の方を見ながら、繋いでいた手を離す。撫でられるようなその感触。名残惜しむような指先の熱に、私の体が揺れるように反応する。それを横目で捉えたらしい香取さんは、愉しそうに小さく笑う。
「矢野くんどうしたの? なにかあった?」
「いや……そいつが戻ってこないんで」
「ああ、ゆりちゃんね。もう少しで終わるよ。矢野くんはまだかかりそう?」
そう言いながら、香取さんは私の手と少し触れ合う距離に手を置いた。そっと手を引こうとすると、それを止めるように指を絡められて、カァッと頬が一気に熱くなるのがわかる。撫でるように動かされて、その指の動きに集中してしまう。
「いや、俺は終わりました。だから、一応確認に来たんですけど……」
「そう……確認。俺たちはもう少しかかるから、矢野くん先にあがったら?」
広斗と香取さん。二人の声が遠くで聞こえる。香取さんの指のぬくもりが伝わってくる。さっきよりずっと香取さんの香りが強くなっている気がする。なんだか、頭の中が香取さんでいっぱいになってくる。
ゆるりと視線を上げて香取さんを見れば、綺麗な横顔がそこにあって、その視線は私じゃない方に向けられていた。
「……はい、そうします。おい」
「え、え? あ、な、なに?」
広斗に突然呼ばれて、体が大きく揺れる。香取さんに絡められていた手がその拍子にほどけた。でも、心臓はまだうるさく音を立てている。
「お前、今日どうすんの?」
「あ、香取さんとその話をしてて」
「大丈夫だよ。俺が送るよ」
広斗に答えようとしたけれど、すぐに香取さんに遮られてしまった。
「送る?」
「終電逃しちゃったのは俺の責任だから。俺がどうにかするから大丈夫だよ。矢野くんも終電があるうちに帰ったほうがいいよ。ね?」
「……はい」
香取さんと話していた広斗が私に視線を移す。
「先に帰るから」
「う、うん。お疲れ様……」
「もし、泊まるところがなかったら連絡しろ。家着いてたらバイクで迎えにくるから」
「あ、うん。ありがとう」
広斗は香取さんの方に向き直り、お疲れ様でしたと告げてオフィスを後にする。
扉が閉まるけれど、香取さんも私も口を開かず、少しの間沈黙が訪れた。しばらくすると、隣から香取さんの溜息が聞こえてくる。
「あれで、友達なんだ。わざわざ迎えに来る?」
「迎えに、きてくれましたね」
「本当に、なにもないの?」
「矢野くん優しいから、終電とか色々心配してくれるんですよ」
「……そう。で、ゆりちゃんは今日はどっちに泊まるの?」
「それ、は……」
言い淀む私に、香取さんが艶っぽい微笑みを浮かべてじっと視線を向ける。
「さっき、ゆりちゃんドキッとしたでしょ?」
「え? あ、あの」
「赤くなってた。今までは、俺にそんな顔見せたことなかったよね……」
「あ、え……」
この雰囲気はまずい。香取さんの色気が近づいてくる。私の方に手が伸びてくる。頭の中で叫び声をあげるけれど、それは声にならない。拒否できる自信なんてない。やっぱり、私みたいな小娘は大人には敵わない。
(やっぱり——)
目を閉じた瞬間。
——ガシャン。
「矢野くんどうしたの? なにかあった?」
「いや……そいつが戻ってこないんで」
「ああ、ゆりちゃんね。もう少しで終わるよ。矢野くんはまだかかりそう?」
そう言いながら、香取さんは私の手と少し触れ合う距離に手を置いた。そっと手を引こうとすると、それを止めるように指を絡められて、カァッと頬が一気に熱くなるのがわかる。撫でるように動かされて、その指の動きに集中してしまう。
「いや、俺は終わりました。だから、一応確認に来たんですけど……」
「そう……確認。俺たちはもう少しかかるから、矢野くん先にあがったら?」
広斗と香取さん。二人の声が遠くで聞こえる。香取さんの指のぬくもりが伝わってくる。さっきよりずっと香取さんの香りが強くなっている気がする。なんだか、頭の中が香取さんでいっぱいになってくる。
ゆるりと視線を上げて香取さんを見れば、綺麗な横顔がそこにあって、その視線は私じゃない方に向けられていた。
「……はい、そうします。おい」
「え、え? あ、な、なに?」
広斗に突然呼ばれて、体が大きく揺れる。香取さんに絡められていた手がその拍子にほどけた。でも、心臓はまだうるさく音を立てている。
「お前、今日どうすんの?」
「あ、香取さんとその話をしてて」
「大丈夫だよ。俺が送るよ」
広斗に答えようとしたけれど、すぐに香取さんに遮られてしまった。
「送る?」
「終電逃しちゃったのは俺の責任だから。俺がどうにかするから大丈夫だよ。矢野くんも終電があるうちに帰ったほうがいいよ。ね?」
「……はい」
香取さんと話していた広斗が私に視線を移す。
「先に帰るから」
「う、うん。お疲れ様……」
「もし、泊まるところがなかったら連絡しろ。家着いてたらバイクで迎えにくるから」
「あ、うん。ありがとう」
広斗は香取さんの方に向き直り、お疲れ様でしたと告げてオフィスを後にする。
扉が閉まるけれど、香取さんも私も口を開かず、少しの間沈黙が訪れた。しばらくすると、隣から香取さんの溜息が聞こえてくる。
「あれで、友達なんだ。わざわざ迎えに来る?」
「迎えに、きてくれましたね」
「本当に、なにもないの?」
「矢野くん優しいから、終電とか色々心配してくれるんですよ」
「……そう。で、ゆりちゃんは今日はどっちに泊まるの?」
「それ、は……」
言い淀む私に、香取さんが艶っぽい微笑みを浮かべてじっと視線を向ける。
「さっき、ゆりちゃんドキッとしたでしょ?」
「え? あ、あの」
「赤くなってた。今までは、俺にそんな顔見せたことなかったよね……」
「あ、え……」
この雰囲気はまずい。香取さんの色気が近づいてくる。私の方に手が伸びてくる。頭の中で叫び声をあげるけれど、それは声にならない。拒否できる自信なんてない。やっぱり、私みたいな小娘は大人には敵わない。
(やっぱり——)
目を閉じた瞬間。
——ガシャン。
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