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2章 曖昧な境界線
9話 気持ち 1
「間に合ってよかったね」
「本当。電車遅れててよかった!」
発車間際の電車に駆け込み、二人で胸を撫で下ろした。
この蒸し暑い日に全力疾走しただけあって、汗が止まらない。電車の冷房の風が心地よい。汗も息も落ち着いてきたころ、陽子がこちらを伺うように見る。
「ねえ、ゆり。さっきの香取さんの話本当?」
「香取さん?」
「誘ってただけって。何を誘われたの?」
「ああ。なんか……泊まらないかって」
「うわ、とうとう来たね! 行っちゃえばよかったのに」
「行っちゃえばって、監視するって言ってたくせに」
「ゆりを連れ出す任務を受けた私としては、ああ言うしかなかったのよ。あれ、じゃあ矢野もしかしてそこに来たの?」
「広斗は変なタイミングで。手を握られてるところに」
「すごいとこに来たね」
「うん……ねぇ、任務ってなに?」
駅名を告げるアナウンスが響き電車が止まり、扉が開いた。
駅のホームに降り立つと、梅雨の湿気を含んだ風が体にまとわりつき、思わず「あつ……」と口からこぼれる。ブラウスが肌にまとわりつく感じがする。ブラウスの一部を摘み上げ、上下させどうにかして身体に風を送り込んだ。
改札を出て、数百メートル先の広斗の家に向かって歩いていく。角を曲がったら広斗の家が見える。いつもどおり普通に進もうとしたら、陽子が私の腕を引っ張って、「やっぱり、矢野の家に着く前に話しておくわ」なんて意味深に言う。
「なにを?」
「任務って言ったでしょ? あれさ、矢野からいきなり電話がかかってきて、ゆりがオフィスにいるから迎えに行けって。一緒に泊まりにこいってさ。すぐに行けって言われて何事かと思ったよ」
「あぁ……」
「私はまだ終電あったんですけどね」
「それは、なんかごめん」
「なによ、それだけ?」
「だって。他になんて言えばいいの」
「お互い、好きなんじゃないの?」
陽子に問われて、思わず俯いてしまう。それがわかれば苦労はしない。
「……私は、まぁ、広斗といると楽しいけど。広斗はそういう感じじゃない気がする」
「そう? ゆりは矢野のこと好き?」
「好きって言うか……」
好きかどうかと聞かれると、歯切れが悪くなる。かといって、そうじゃないと言えるわけでもない。でも、素直に首を縦に振ることもできない。
一緒にいて楽しい。だから、きっと一緒にいたいと思う。そこまでならわかるんだけど。
「好きじゃないの?」
なんとも答えられないでいる私に、陽子が笑いながら問いかけた。
「好きじゃないわけじゃないような気もしないでもない」
「それ、どっちよ」
「だって」
「ま、矢野の家に着いたらちょっと話しなよ。私は最終的にゆりの味方だけどさ。たぶんこのままだと、絶対いつか香取さんの家に行きそうだもん。基本的には香取さんの方が好みでしょ?」
「……陽子すごいね。さっき本当に揺れてたの」
「でしょうね。そんな顔してましたよ」
頬をつついてきて得意げに笑っている陽子さん。そんな顔ってどんな顔だろう。
「でも、この状態で、香取さんのとこに行ったらどう考えてもヤバイでしょ」
「うん……んん」
「矢野はどうするの?」
「広斗とは付き合ってないけど」
「だから! 少しだけでもちゃんと話しなよ。付き合ってなくても、何らかの気持ちがあるのは確かでしょ?」
「でも今日は陽子もいるし、話なんてしないよ」
「大丈夫、私、聞かないから。寝たふりでもしとく」
「それ聞いてるじゃん!」
まだまだ続く陽子のお小言のような話をなんとなく聞きながら歩けば、広斗の家に着く。
「本当。電車遅れててよかった!」
発車間際の電車に駆け込み、二人で胸を撫で下ろした。
この蒸し暑い日に全力疾走しただけあって、汗が止まらない。電車の冷房の風が心地よい。汗も息も落ち着いてきたころ、陽子がこちらを伺うように見る。
「ねえ、ゆり。さっきの香取さんの話本当?」
「香取さん?」
「誘ってただけって。何を誘われたの?」
「ああ。なんか……泊まらないかって」
「うわ、とうとう来たね! 行っちゃえばよかったのに」
「行っちゃえばって、監視するって言ってたくせに」
「ゆりを連れ出す任務を受けた私としては、ああ言うしかなかったのよ。あれ、じゃあ矢野もしかしてそこに来たの?」
「広斗は変なタイミングで。手を握られてるところに」
「すごいとこに来たね」
「うん……ねぇ、任務ってなに?」
駅名を告げるアナウンスが響き電車が止まり、扉が開いた。
駅のホームに降り立つと、梅雨の湿気を含んだ風が体にまとわりつき、思わず「あつ……」と口からこぼれる。ブラウスが肌にまとわりつく感じがする。ブラウスの一部を摘み上げ、上下させどうにかして身体に風を送り込んだ。
改札を出て、数百メートル先の広斗の家に向かって歩いていく。角を曲がったら広斗の家が見える。いつもどおり普通に進もうとしたら、陽子が私の腕を引っ張って、「やっぱり、矢野の家に着く前に話しておくわ」なんて意味深に言う。
「なにを?」
「任務って言ったでしょ? あれさ、矢野からいきなり電話がかかってきて、ゆりがオフィスにいるから迎えに行けって。一緒に泊まりにこいってさ。すぐに行けって言われて何事かと思ったよ」
「あぁ……」
「私はまだ終電あったんですけどね」
「それは、なんかごめん」
「なによ、それだけ?」
「だって。他になんて言えばいいの」
「お互い、好きなんじゃないの?」
陽子に問われて、思わず俯いてしまう。それがわかれば苦労はしない。
「……私は、まぁ、広斗といると楽しいけど。広斗はそういう感じじゃない気がする」
「そう? ゆりは矢野のこと好き?」
「好きって言うか……」
好きかどうかと聞かれると、歯切れが悪くなる。かといって、そうじゃないと言えるわけでもない。でも、素直に首を縦に振ることもできない。
一緒にいて楽しい。だから、きっと一緒にいたいと思う。そこまでならわかるんだけど。
「好きじゃないの?」
なんとも答えられないでいる私に、陽子が笑いながら問いかけた。
「好きじゃないわけじゃないような気もしないでもない」
「それ、どっちよ」
「だって」
「ま、矢野の家に着いたらちょっと話しなよ。私は最終的にゆりの味方だけどさ。たぶんこのままだと、絶対いつか香取さんの家に行きそうだもん。基本的には香取さんの方が好みでしょ?」
「……陽子すごいね。さっき本当に揺れてたの」
「でしょうね。そんな顔してましたよ」
頬をつついてきて得意げに笑っている陽子さん。そんな顔ってどんな顔だろう。
「でも、この状態で、香取さんのとこに行ったらどう考えてもヤバイでしょ」
「うん……んん」
「矢野はどうするの?」
「広斗とは付き合ってないけど」
「だから! 少しだけでもちゃんと話しなよ。付き合ってなくても、何らかの気持ちがあるのは確かでしょ?」
「でも今日は陽子もいるし、話なんてしないよ」
「大丈夫、私、聞かないから。寝たふりでもしとく」
「それ聞いてるじゃん!」
まだまだ続く陽子のお小言のような話をなんとなく聞きながら歩けば、広斗の家に着く。
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