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2章 曖昧な境界線
9話 気持ち 2
広斗に言われたとおり、門をくぐり離れに向かい、チャイムを鳴らす。そして、そのまま「お邪魔します」と広斗の出迎えを待たずにその家に入るのはいつものこと。すると、部屋の中には既にお風呂上がりでビールを飲んでいる広斗の姿。
「お疲れ、結構かかったな」
「あんた、なんで一人で飲んでんのよ!」
「別にいいだろ、冷蔵庫に入ってるから勝手に飲めよ」
「ビール、ビール!」
飛び跳ねながら、冷蔵庫に向かう陽子に笑いつつ、ビールに口をつけている広斗に視線を移す。
「あれ、広斗くん。バイクで迎えに来てくれるんじゃなかったの?」
「野原と二人なんて乗せられないだろ」
そう言って一瞬だけこちらを見て、広斗はすぐに顔を背けた。低い声、そっけない返答、そしてその表情。まるで、朝の広斗みたい。泊まりに来いと言ったはずの人は、なぜか機嫌が悪い。
「あの、広斗。泊めてくれてありがとう」
「……あぁ」
一言だけ、いや一声だけ発してまた黙りこむ。
これが朝ならお約束だと放っておくことができるのに、今は広斗の背中を見つめてしまう。話しかけるなと言っているようなその背中になにも言えるはずもなく、お互いに黙りこみ、静まる空間。
部屋の外で、ドアが閉まる音がした。陽子が戻ってくるかと思ったけれど、その後の足音が聞こえてこない。
時計の針の音と時々ビールの入った缶がテーブルにぶつかる音。その二つだけが部屋に響く。沈黙の長さに居たたまれなくなった私は、意を決して口を開いた。
「広斗、あの……今日帰るとき、探してくれてありがとう。心配かけてごめんね」
言葉は返ってこない。でも、怒られるようなことをした覚えはない。眠いから不機嫌なのかと思いたいけれど、目の前の男は再び缶を傾けて、喉を鳴らす。
「広斗……なんでこっち見てくれないの? 怒ってるの?」
「怒ってない」
間髪をいれずに答えてくれるけれど、こちらを一切見ない。これを怒っていると言わないのなら、なんと言う。
「じゃあ、なんで——」
「お前さ、あの時、本当は香取さんとなんの話してたの?」
こちらの言葉を遮って、広斗は顔も向けずにぶっきらぼうに聞いてきた。
「な、なんのって……あの時も言ったけど、終電なくなったからどうやって帰るかって」
「手握って?」
あの状態が広斗の視界に入っていたらしい。広斗の言葉で私の頭の中は一気に真っ白な色で埋め尽くされる。
「あれは、その。あれはなんか、あの、あれだよ。なんか……握られただけ」
「なんだよ、なんか握られたって。なんで、どうやって帰るかって話のときに手握るんだよ」
「……それは」
私に聞かれてもわかりません。なんなら、香取さんに聞いて頂きたい。
「正直に言えよ」なんて広斗が言うから、こちらも一生懸命になって答えを探そうと頭を回転させたけれど、はたと気付く。確かに本当のことは言っていない。でも、どうして広斗にそんな風に言われなければいけないのか、と。
「お疲れ、結構かかったな」
「あんた、なんで一人で飲んでんのよ!」
「別にいいだろ、冷蔵庫に入ってるから勝手に飲めよ」
「ビール、ビール!」
飛び跳ねながら、冷蔵庫に向かう陽子に笑いつつ、ビールに口をつけている広斗に視線を移す。
「あれ、広斗くん。バイクで迎えに来てくれるんじゃなかったの?」
「野原と二人なんて乗せられないだろ」
そう言って一瞬だけこちらを見て、広斗はすぐに顔を背けた。低い声、そっけない返答、そしてその表情。まるで、朝の広斗みたい。泊まりに来いと言ったはずの人は、なぜか機嫌が悪い。
「あの、広斗。泊めてくれてありがとう」
「……あぁ」
一言だけ、いや一声だけ発してまた黙りこむ。
これが朝ならお約束だと放っておくことができるのに、今は広斗の背中を見つめてしまう。話しかけるなと言っているようなその背中になにも言えるはずもなく、お互いに黙りこみ、静まる空間。
部屋の外で、ドアが閉まる音がした。陽子が戻ってくるかと思ったけれど、その後の足音が聞こえてこない。
時計の針の音と時々ビールの入った缶がテーブルにぶつかる音。その二つだけが部屋に響く。沈黙の長さに居たたまれなくなった私は、意を決して口を開いた。
「広斗、あの……今日帰るとき、探してくれてありがとう。心配かけてごめんね」
言葉は返ってこない。でも、怒られるようなことをした覚えはない。眠いから不機嫌なのかと思いたいけれど、目の前の男は再び缶を傾けて、喉を鳴らす。
「広斗……なんでこっち見てくれないの? 怒ってるの?」
「怒ってない」
間髪をいれずに答えてくれるけれど、こちらを一切見ない。これを怒っていると言わないのなら、なんと言う。
「じゃあ、なんで——」
「お前さ、あの時、本当は香取さんとなんの話してたの?」
こちらの言葉を遮って、広斗は顔も向けずにぶっきらぼうに聞いてきた。
「な、なんのって……あの時も言ったけど、終電なくなったからどうやって帰るかって」
「手握って?」
あの状態が広斗の視界に入っていたらしい。広斗の言葉で私の頭の中は一気に真っ白な色で埋め尽くされる。
「あれは、その。あれはなんか、あの、あれだよ。なんか……握られただけ」
「なんだよ、なんか握られたって。なんで、どうやって帰るかって話のときに手握るんだよ」
「……それは」
私に聞かれてもわかりません。なんなら、香取さんに聞いて頂きたい。
「正直に言えよ」なんて広斗が言うから、こちらも一生懸命になって答えを探そうと頭を回転させたけれど、はたと気付く。確かに本当のことは言っていない。でも、どうして広斗にそんな風に言われなければいけないのか、と。
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