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2章 曖昧な境界線
9話 気持ち 5
「確かにあの時はちょっと……びっくりしたけど」
「嫌ならちゃんと言えよ」
「でも、香取さんはからかってただけだよ、きっと。香取さん、矢野くんのところに泊まればってずっと言ってたの」
「本当に? 香取さんが?」
「矢野くんと付き合ってないのかって、みんなと同じこと聞いてくるんだもん」
「あの人もわかんねぇな。お前なんかをからかって楽しいのか?」
「ちょっと!」
「どうせ、香取さんとかの前では猫かぶってんだろ」
「そりゃ猫ぐらい被りますよ。上司だもん。少しくらい可愛らしくいかないと」
広斗がやっと笑い声をあげた。どうやら、少しずつ機嫌は直りつつあるらしい。その証拠に、私の腕を掴んでいた広斗の手が滑るように腕を辿って、その先に辿り着く。少しだけ絡まる指先に、私の視線も意識も全てが持って行かれてしまう。
「広斗」
だから、こういうところなんだよ、広斗。「気になる」なんて、こっちがもっと気になる言葉を口にして手を握るなんて、本当にどうかと思う。どうかと思うのに、踏み込む勇気がない自分もどうかと思う。
聞きたい、知りたいってそう思うんだから、それをそのまま声に出せばいい。どうして気になるのって。どうして怒るのって。広斗は私のことをどう思ってるのって。そうだよ、聞かなきゃ。
「あ、あの」
「あ、スマホ」
小さな声は、広斗の声でかき消されてしまったようで一切届いていないらしい。広斗は機嫌良さげな顔で再びビールを口にしながら、今さっき震えてその存在を主張したスマホを手にした。それを横目で見つつ、私は胸に手のひらを当てて広斗に聞こえないように小さく息を吐く。
画面を確認した広斗が、私にそれごと渡す。
「なに?」
「読んで」
メッセージの差出人は陽子で、何気なく読んだその内容に私の声は奪われた。叫びたくても声が出ない。
【仲直りした? 二人とも意地張らずに仲良くやんなさい! 今日は二人だけの方がいいでしょ? 私は帰るから。今度おごってよ! 高いからね! じゃ明日オフィスで】
(陽子さん、あなた一体なにを考えてるの。ねえ、なにを考えているのよぉお!)
「読んだ? まあ、そういうことらしいから」
広斗は鼻先をかいて、視線を何もない床に投げた。
「そういうことって」
私がスマホを握りしめながら、陽子に届かない心の叫びをどうしてくれようかと唸っていると、「おい」と広斗が私を呼ぶ。
「取りあえず、風呂入ってくれば? もう遅いし」
「え。あ、そう、そうですよね」
「これ着ろ」
広斗からパジャマ用にTシャツとハーフパンツを渡され、脱衣スペースに来たものの、いつもと違う。なぜか服を脱ぐことが躊躇われる。脱いだ服をいつもよりキレイに畳んでみたり、下着を見えないように隠してみたり。広斗が入ってくるはずがないと分かっているのに、そんな行動を取ってしまう。
この状況、香取さんのところに泊まるのとなにが違うのだろう。結局、男性と二人きり。浴室に入り栓をひねれば、熱めのお湯が頭に注がれる。いつもは賑やかな声が聞こえてくるけれど今日は静かで、浴室にシャワーの音がやけに響いた。
「嫌ならちゃんと言えよ」
「でも、香取さんはからかってただけだよ、きっと。香取さん、矢野くんのところに泊まればってずっと言ってたの」
「本当に? 香取さんが?」
「矢野くんと付き合ってないのかって、みんなと同じこと聞いてくるんだもん」
「あの人もわかんねぇな。お前なんかをからかって楽しいのか?」
「ちょっと!」
「どうせ、香取さんとかの前では猫かぶってんだろ」
「そりゃ猫ぐらい被りますよ。上司だもん。少しくらい可愛らしくいかないと」
広斗がやっと笑い声をあげた。どうやら、少しずつ機嫌は直りつつあるらしい。その証拠に、私の腕を掴んでいた広斗の手が滑るように腕を辿って、その先に辿り着く。少しだけ絡まる指先に、私の視線も意識も全てが持って行かれてしまう。
「広斗」
だから、こういうところなんだよ、広斗。「気になる」なんて、こっちがもっと気になる言葉を口にして手を握るなんて、本当にどうかと思う。どうかと思うのに、踏み込む勇気がない自分もどうかと思う。
聞きたい、知りたいってそう思うんだから、それをそのまま声に出せばいい。どうして気になるのって。どうして怒るのって。広斗は私のことをどう思ってるのって。そうだよ、聞かなきゃ。
「あ、あの」
「あ、スマホ」
小さな声は、広斗の声でかき消されてしまったようで一切届いていないらしい。広斗は機嫌良さげな顔で再びビールを口にしながら、今さっき震えてその存在を主張したスマホを手にした。それを横目で見つつ、私は胸に手のひらを当てて広斗に聞こえないように小さく息を吐く。
画面を確認した広斗が、私にそれごと渡す。
「なに?」
「読んで」
メッセージの差出人は陽子で、何気なく読んだその内容に私の声は奪われた。叫びたくても声が出ない。
【仲直りした? 二人とも意地張らずに仲良くやんなさい! 今日は二人だけの方がいいでしょ? 私は帰るから。今度おごってよ! 高いからね! じゃ明日オフィスで】
(陽子さん、あなた一体なにを考えてるの。ねえ、なにを考えているのよぉお!)
「読んだ? まあ、そういうことらしいから」
広斗は鼻先をかいて、視線を何もない床に投げた。
「そういうことって」
私がスマホを握りしめながら、陽子に届かない心の叫びをどうしてくれようかと唸っていると、「おい」と広斗が私を呼ぶ。
「取りあえず、風呂入ってくれば? もう遅いし」
「え。あ、そう、そうですよね」
「これ着ろ」
広斗からパジャマ用にTシャツとハーフパンツを渡され、脱衣スペースに来たものの、いつもと違う。なぜか服を脱ぐことが躊躇われる。脱いだ服をいつもよりキレイに畳んでみたり、下着を見えないように隠してみたり。広斗が入ってくるはずがないと分かっているのに、そんな行動を取ってしまう。
この状況、香取さんのところに泊まるのとなにが違うのだろう。結局、男性と二人きり。浴室に入り栓をひねれば、熱めのお湯が頭に注がれる。いつもは賑やかな声が聞こえてくるけれど今日は静かで、浴室にシャワーの音がやけに響いた。
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