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2章 曖昧な境界線
12話 大人の表情 2
「ゆりちゃん?」
「あっ」
ぼうっとパソコンを眺めていた私の顔の隣に、香取さんの顔が近づいていたらしい。振り向くと、すぐ目の前にキレイな顔があった。眉毛も睫毛も濃くて、彫りが深い彼の顔は、キレイすぎていつまで経っても見慣れない。
彼の顔を見つめたまま、動きが止まってしまった私を不思議そうに見つめて、更に距離をつめる香取さん。大きな瞳に覗き込むように見つめられ、そのまま見つめ返してしまう。
「どうしたの? 大丈夫?」
「すみません。考え事を」
「そっか、いきなりごめんね。でも、終電そろそろだよ」
「あ、本当。ありがとうございます。帰ります」
「気を付けてね」
慌てて帰り支度をする私に、香取さんが隣の椅子に座りながら「ねぇ、ゆりちゃん」と話し始めた。
「明日、着替え持っておいで。何日かまとめてさ」
「着替えですか?」
「うん。終電で帰って、次の日普通に出社って大変でしょ。ここまでじゃないにしろ、あと二ヶ月弱は続くし」
香取さんが私の頭を撫でる。その瞬間、彼の香りがふわりと鼻をかすめた。広斗の石鹸の香りとは違う。グリーンシトラスのみずみずしくも苦味のある香り。
(いい香り……)
その洗練された大人の香りに、私は一瞬クラッと眩暈を覚えた。香取さんのような大人の男性は、みんなこんなにいい香りがするものなのだろうか。
「家からここまで二時間でしょ? いつか倒れちゃうよ」
香取さんが言う通りで、終電で帰っても家で取れる睡眠は三時間だけ。それに加えて片道二時間の満員電車。毎日寝不足との戦いで、会社に着いたら栄養ドリンクを飲むのが私の習慣になりつつあった。
「泊まる泊まらないは別にしても、なにかあった時のため。ね?」
香取さんが微笑みながら、私の頭をポンポンとする。こういうところが大人を感じさせる。頭を撫でるのはズルいと思う。香取さんに頭を撫でられると、どうしてか落ち着かない。
見上げれば、そこには真剣な眼差しがあって、その大きな瞳に吸い寄せられそうな自分を諌めるように慌てて俯いて、「はい」と口にした。
「ま、それで矢野くんのところに行かれたら俺は悲しいけどね。でも、ゆりちゃんの体の方が心配だし」
「すみません。ご心配おかけして。ありがとうございます」
「俺が勝手に心配して、勝手に嫉妬してるだけだから」
その儚げな表情に、私の胸の奥が、小さくきしむような音を立てた。
「あっ」
ぼうっとパソコンを眺めていた私の顔の隣に、香取さんの顔が近づいていたらしい。振り向くと、すぐ目の前にキレイな顔があった。眉毛も睫毛も濃くて、彫りが深い彼の顔は、キレイすぎていつまで経っても見慣れない。
彼の顔を見つめたまま、動きが止まってしまった私を不思議そうに見つめて、更に距離をつめる香取さん。大きな瞳に覗き込むように見つめられ、そのまま見つめ返してしまう。
「どうしたの? 大丈夫?」
「すみません。考え事を」
「そっか、いきなりごめんね。でも、終電そろそろだよ」
「あ、本当。ありがとうございます。帰ります」
「気を付けてね」
慌てて帰り支度をする私に、香取さんが隣の椅子に座りながら「ねぇ、ゆりちゃん」と話し始めた。
「明日、着替え持っておいで。何日かまとめてさ」
「着替えですか?」
「うん。終電で帰って、次の日普通に出社って大変でしょ。ここまでじゃないにしろ、あと二ヶ月弱は続くし」
香取さんが私の頭を撫でる。その瞬間、彼の香りがふわりと鼻をかすめた。広斗の石鹸の香りとは違う。グリーンシトラスのみずみずしくも苦味のある香り。
(いい香り……)
その洗練された大人の香りに、私は一瞬クラッと眩暈を覚えた。香取さんのような大人の男性は、みんなこんなにいい香りがするものなのだろうか。
「家からここまで二時間でしょ? いつか倒れちゃうよ」
香取さんが言う通りで、終電で帰っても家で取れる睡眠は三時間だけ。それに加えて片道二時間の満員電車。毎日寝不足との戦いで、会社に着いたら栄養ドリンクを飲むのが私の習慣になりつつあった。
「泊まる泊まらないは別にしても、なにかあった時のため。ね?」
香取さんが微笑みながら、私の頭をポンポンとする。こういうところが大人を感じさせる。頭を撫でるのはズルいと思う。香取さんに頭を撫でられると、どうしてか落ち着かない。
見上げれば、そこには真剣な眼差しがあって、その大きな瞳に吸い寄せられそうな自分を諌めるように慌てて俯いて、「はい」と口にした。
「ま、それで矢野くんのところに行かれたら俺は悲しいけどね。でも、ゆりちゃんの体の方が心配だし」
「すみません。ご心配おかけして。ありがとうございます」
「俺が勝手に心配して、勝手に嫉妬してるだけだから」
その儚げな表情に、私の胸の奥が、小さくきしむような音を立てた。
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