社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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3章 蜜月

16話 深まる夜 4

「で、なにをそんなに飲んでたの? なにに怒ってんの?」

「のみたかったから、のんでただけ。おこってるわけじゃ、ない」

「怒ってるわけじゃないってことは、なにかあったんだろ? 言えよ」

「だから、なんで、なんで。ひろとに言わなきゃいけないのっ」

 その言葉を口にしながら、再び涙がこみ上げてくる。情けないと思うのに、泣きたくなんかないのに、止められない。

「だから……なんで泣くんだよ」

 広斗の声が明らかに困っている声になる。

「なにがあった?」

「べつに……なにもない」

「なにもないやつが泣くのかよ。しょうがねぇな」

 広斗がその胸に寄りかからせるように私を引き寄せた。「泣くなよ」と言いながら。子供にするみたいに背中をポンポンと叩く。鼻先に、お日様の匂いが漂った。いつもと同じ、安心する匂い。

「……子供じゃない」

「こうやって泣いてるやつは子供だ」

「広斗が……広斗がいけないんだもん」

「俺? 俺が何したの?」

「だって、どうして優しくするの? どうしてこんなことするの? 南ちゃんにも……」

「南野?」

「南ちゃんにも優しくしてた。今日ずっと仲良く話してて……だから」

「仲良くって、同期だろ?」

「だって……なんで広斗は南ちゃんにも優しくするのって思っちゃって。でもそんなこと思う自分も嫌で、そんなこと思う権利もないけど。でも」

 自分でも、もう何を話したいのか、伝えたいのかわからない。涙が頬を伝っていく。本当に情けない。ただ嫌だったって言って泣くなんて、本当に勝手な女。

「なんだよ、だからヤケ酒か?」

 呆れたような溜め息が耳に届く。自分の行動が恥ずかしくて、悔しくて、その胸を押し返して距離を取ろうとしたのに、広斗の力が強くて全然離れられない。

「さっきも……うれしそうだった。ひろと、南ちゃんのこと好きなの?」

「はあ? なんでそうなるんだよ。なんとも思ってねぇよ、なんだそりゃ」

「だって」

「で、お前はどうして嫌だったの?」

「……どうしてって」

「だから、お前は俺が南野と話してて嫌だったんだろ? なんで?」

「なんでって」

 思わず俯いてしまう。南ちゃんと広斗が話していたことだけで、どうしてこんなにも苦しくなるのか、それは自分でもわかっている。

「……っく……」

 広斗が抱きしめる腕を緩めて、私の顔を持ち上げた。広斗と目が合うけど、涙が滲んでよく見えない。

「……ゆり、教えろよ」

 名前、呼んだ。

「ひろっ」

「言って」

 広斗がその指で優しく涙を拭ってくれる。

「……広斗が」

「うん」

「広斗が、好き」

 また涙が溢れた。その瞬間、広斗の唇が優しく私の唇に触れた。唇を離し、顔を近づけたまま、私の頬を親指で撫でる。

「もう一回」

「……好き」

「俺も」

 また重なる唇。さっきよりも熱く、深く、私を求めてきた。涙のしょっぱさと、お酒の苦味。そして、広斗の甘い味。私は彼の腕の中で、溶けるように目を閉じた。
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