社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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4章 二人の男、大人の男

25話 真夜中の抱擁 5

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「ゆりちゃん、無理しなくていいんだよ。そんなに頑張らなくていい。辛いときは辛いって泣いていいんだよ。言いたくないなら、何も聞かないから。大丈夫って何度も自分に言い聞かせて、我慢しなくていい」

 優しく頭を撫でる温かい手。その手に促されるように、俯く私の瞳から涙が一つ、また一つと零れ落ちていき、薄紅色のカーペットに小さな染みをつくる。

「……香取さん、大丈夫ですから……一人に、してください」

「ゆりちゃんが今、何を考えてるか当てようか」

「香取さん」

「俺に甘えちゃいけないって考えてる。俺に慰められちゃいけないって」

「だって……」

「いいよ。俺を利用してくれていい。俺は、ゆりちゃんが弱ってるのをいいことに、つけこんでるだけなんだから。俺を利用して、ゆりちゃんが少しでも元気になるなら、それでいい」

「私……」

「ごめん」

 その言葉とともに、香取さんの香りが私を包んだ。深く甘い大人の香り。初めて触れるその胸は、広斗よりも少し厚く、そしてずるいくらいに温かい。

 どうして、彼の腕の中はこんなに温かいのだろう。どうして、私を抱きしめてくれるんだろう。お願いだから、「泣いていい」なんて、言わないで。

 彼の広い胸に頭を預ければ、涙が次々に溢れ出す。私はその温かさにすがるようにして泣きじゃくってしまった。その間ずっと、香取さんは頭を撫でてくれる。

「っく……っ……」

 泣きすぎて頭がぼうっとする。子供のように泣いて、泣いて、そして泣き疲れた私は香取さんの胸にすっかり頭を預けていた。彼の心臓の音が聞こえてきて、それが更に私を安心させてくれる。

「落ち着いた?」

 優しい声。胸に溶けていくみたい。

「……香取さんの心臓の音が聞こえます」

「そっか……」

「……はい」

「……おいで」

 そのまま手を引かれて、薄暗い部屋を進み、ベッドに連れていかれる。香取さんは私を横たわらせ、自分はベッドサイドの椅子に腰かけた。

「起きる時間まであとちょっとだけど、少しでも眠った方がいいよ」

 そう言って、彼は私と繋いでいる手に視線を移した。私は香取さんのきれいな顔を眺めた。彫の深い綺麗な輪郭。長い睫毛が縁どる瞳。本当にきれいな人。形のいい唇の端が少しだけ上がり、香取さんが微笑んだことがわかった。

 ぼんやりとしたまま、もう一度香取さんの瞳を見ると、その優しい眼差しにぶつかる。でもすぐにふわりと、香取さんの手が私の目を覆った。視界が闇に閉ざされる。

「ほら、目を閉じて」

 微かに震える声が聞こえた気がした。彼が今、どんな顔をしているのか、私にはもうわからない。ただ、目元を覆う手のひらが、泣きたくなるほど優しかった。

 私が目を閉じたことを確認したのか、またゆっくりと頭を撫でる。優しくて温かい大きな手。その温もりに導かれるように、私は深い眠りへと落ちていった。
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