社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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5章 混沌の交差点

31話 黒いパーカーの温もり 1

◇◇◇

 八月六日(火)

 私たちは再び池袋の本部に出勤していた。

 昨日から始まった後処理作業で二日ぶりに顔を合わせた香取さんは、以前と変わらずに微笑んでくれる。いつも以上に優しく接してくれる。私が気にしないように。私が苦しまないように。そんなに優しくされると、胸が痛くなる。

 香取さんの笑顔を見ていられなくて、どうしてもそのままにできなくて、一言でも謝りたくて、帰り際にオフィスから出て廊下を歩く彼のシャツの袖を掴んだ。

「あの、香取さん」

「ゆりちゃん、お疲れ様。どうしたの?」

「あの……」

「何?」

 彼は微笑みながら私に向き合う。その笑顔を見ていると、胸が締め付けられて、また涙が出てきそうになる。香取さんに謝らないといけないのに、言葉が続かない。

「あの、私……この前は」

「ゆりちゃん」

 言葉を遮られた私は、彼の顔を見つめた。

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。俺は大丈夫だから」

「でも私、香取さんのこと」

「ゆりちゃん、ごめん。今は……情けないんだけど、それを聞く余裕がないから」

 香取さんは一瞬だけ、泣き出しそうな顔で笑った。その表情は、私が知っている「大人の余裕」なんて欠片もなくて。

 心のどこかで思っていた。香取さんは大人だから、と。だから、大丈夫だと。一体、私は何を見ていたのだろう。何が、大丈夫だったのだろう。

「……来週話そう。それまでに俺もちゃんと覚悟してくるよ。また、週末にでも連絡する。ごめんね」

 彼は逃げるように背を向け、足早に去っていった。

 謝るのは私の方なのに。笑いかけてくれなくていい。優しくしてくれなくていい。いっそのこと、冷たく突き放してくれたらいいのに。

 香取さんとは対照的に、広斗とは目も合せることができないほど、お互いに避けるように行動していた。まだ、まともに広斗と話していない。連絡さえもこない。
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