社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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5章 混沌の交差点

34話 雨の交差点

 私はフラフラと池袋の街を歩いていた。どこかに向かっているわけじゃなくて、ただ、ただ歩くだけ。家に帰るにも電車がない。タクシーで家に帰れる距離じゃない。広斗の家を考えもなしに飛び出したけど、行く当てなんてなかった。

 池袋の西側は、東側と違ってお店も少なく、人も少ない。お店の明かりがないせいか、東京だというのに、とても暗い。俯きながら歩いていると、足元に水滴が落ちてきた。空を見上げれば、ぶ厚い雲から、雷鳴と共に一つ二つと大粒の滴が落ちてくる。

「あ、め……」

 こんな時に雨まで降ってくるなんて、どれだけ引き寄せるんだろう。

 夏の真夜中に降る雨は、一気に激しさを増し、まるでスコールのよう。大きな雨音とともに、髪や服も滴るほどに濡れはじめ、視界も激しい雨で遮られるように見えなくなる。

「雨宿り、しなくちゃ……」

 でも、頭の中では何度も二人の光景が繰り返されて、すぐにそれでいっぱいになる。苦しくて、寂しくて、誰かに助けてほしくて。でも、こんなときに助けを求められる人なんていない。

 スマホを開いてみるけど、いつもなら助けてくれる同期は広斗の家にいる。

 もう、苦しい。胸が痛い。

(誰か助けて。私……どうしたらいいの)

 スマホを握りしめたその時、手の中でそれが震えた。

「なんで……」

 タイミングは恐ろしい。どうして、どうして今なんだろう。どうして、この人なんだろう。どうして、広斗じゃないの。

 頭の隅でドラマみたいだとぼんやり考える。メッセージの送信者は、香取 涼。

『夜遅くにごめんね。来週どこかで話せる? 来週も後処理業務になると思うけど、一度ちゃんと話したい』

 ——香取さん。

 そのメッセージを見ると、さっきまで一滴も出てこなかった涙が溢れてきた。私は迷わずにスマホを操作する。

「はい……ゆりちゃん?」

「香取さん……」

「メッセージ見た?」

「……メッセージ、見て」

「うん、来週のどこかで会えるかな」

「……私」

「え?」

 スマホから香取さんの優しい声が響く。

「ごめん、なさいっ……」

「どうしたの? 泣いてる?」

「……誰もいなくて。他に、誰もっ」

「何があったの?」

「香取さっ……ごめんなさい」

「いいから! どうした?」

「……助けて。私、もうわからないっ……」

 雨の音が大きい。大きな雨の粒がアスファルトに当たって、砕けて、音を立てる。まるで心を打ち砕くみたいに。まるで心を洗い流すみたいに。でも、そんな中でも、あなたの声は私の耳に届くみたい。あなたの優しい声だけが。

「……ゆりちゃん、今どこにいる? 外だよね?」

「……池袋」

「池袋?」

「池袋の、西口側……」

「わかった、迎えに行く。俺が行くまで、どこかコンビニとか入ってて」

「でも」

「この時間の池袋はまずいから。お願いだから、どこかに入ってて。すぐ行くから。西口側のどのあたりかわかる?」

「えっと……わかりません。ここは」

「わかった、とりあえず西側に向かうから。外にはいないこと」

 香取さんはそう言って電話を切った。言われたとおりコンビニに入るものの、やっぱり泣き顔でそこにいることなんて出来なくて、すぐに出てしまう。
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