132 / 141
7章 それぞれの選択
43話 嘘つきの告白 4
その声が耳に届くと、激しく波打つ心臓が一気に平静を取り戻したみたいにふっと軽くなった。そしてそれと同時に、私の手首を掴む広斗の力が弱まる。私は、声のする方向に視線を向けた。
「ゆりちゃん」
困ったように笑う彼は、その優しい声で私を呼ぶ。真っ直ぐ私に向かってきて、そのまま私の片方の腕を取って立ち上がらせた。私の涙をその指で優しく拭う。
香取さんの顔を見ると安心する。彼の手に触れられて、やっと息ができたような気がした。
「大丈夫?」
「……はい」
「本当に……すぐ泣くんだから。心配するでしょ?」
まるでからかうように言われて、思わず笑ってしまった。
「お、笑ったね。ゆりちゃんは笑ってる方がいいよ」
広斗は、私を掴んでいた手をいつの間にか離していた。香取さんのおかげで少し落ち着きを取り戻した私に、広斗の声が届く。
「ゆり……俺は……お前のことは好きじゃない。約束を破ったのは悪かった。でも、俺にとってはそんなに大事な用事じゃなかったんだ」
私の目の前には香取さんがいて、広斗の方を振り向くこともできずに、広斗から発せられるその言葉にただ耳を傾けるだけ。
「お前が……俺のことを好きだって言うから、今まで傍にいた」
「矢野くん!」
「同期だし、気まずくなりたくなかったから。お前が俺のことを好きなのがわかって、俺もお前のことを好きになれるかもと思って一緒にいた」
広斗の声が、微かに震えている気がするのは、私の体が震えているから?
「でも、南野のことで嫉妬されたりこうやって泣いたり……俺には無理だ。お前を好きになれない。俺も好きだって言ったことがあったけど、あれは本心じゃない。期待させて悪かった」
力を入れようとしても、体の震えが止まってはくれない。
「香取さんのところに行けよ。その方が幸せになれるだろ。俺は……お前を好きじゃないんだ。お前のことは……どうでもいい」
「好きじゃない」そう言った。
(広斗はずっと……好きじゃなかったの? 俺もって言ってくれたのも、違ったの?)
やっぱり、広斗は私の心をかき乱す。抱き締めようとしていた香取さんの手を振り払って、私は歩き出す。今は触れてほしくない。触れられたら壊れてしまいそう。
フラフラとオフィスに向かって階段を昇る。振り返っても、もうそこに広斗の姿はなかった。
オフィスに着き、そのまま自分の席に戻る。こんな状態では仕事にならないとパソコンの電源を切り、帰り支度を始める。
「ゆり」
陽子に呼び掛けられて、動きを止めた。
「大丈夫だったの?」
顔を上げると、心配そうに私の顔をのぞきこむ陽子がいた。
「うん……」
「矢野も、香取さんも行ったから……」
「……みんなにも伝えておこうかな。今まで迷惑かけちゃったし、これからのこともあるし。オフィスを出た後、広斗と話したの。話したっていうか、ただ言われただけなんだけど」
一度息を吐いて前を見る。
「広斗は……私のこと、好きじゃないって」
広斗が口にしたことを、もう一度自分で口にするだけ。それだけなのに、喉がつかえて息がうまくできない。
「私が広斗のことを好きだったから、一緒にいただけだって。はっきり言われちゃった」
「……ゆり」
「香取さんのところに行けって……その方が幸せになれるから。俺は……お前のこと……好きじゃないって。どうでもっ……っ……」
最後まで続けられない私を陽子が抱き締めてくれる。その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「……広斗っ……っ……」
好きだった。広斗のことが、好きだった。
「ゆりちゃん」
困ったように笑う彼は、その優しい声で私を呼ぶ。真っ直ぐ私に向かってきて、そのまま私の片方の腕を取って立ち上がらせた。私の涙をその指で優しく拭う。
香取さんの顔を見ると安心する。彼の手に触れられて、やっと息ができたような気がした。
「大丈夫?」
「……はい」
「本当に……すぐ泣くんだから。心配するでしょ?」
まるでからかうように言われて、思わず笑ってしまった。
「お、笑ったね。ゆりちゃんは笑ってる方がいいよ」
広斗は、私を掴んでいた手をいつの間にか離していた。香取さんのおかげで少し落ち着きを取り戻した私に、広斗の声が届く。
「ゆり……俺は……お前のことは好きじゃない。約束を破ったのは悪かった。でも、俺にとってはそんなに大事な用事じゃなかったんだ」
私の目の前には香取さんがいて、広斗の方を振り向くこともできずに、広斗から発せられるその言葉にただ耳を傾けるだけ。
「お前が……俺のことを好きだって言うから、今まで傍にいた」
「矢野くん!」
「同期だし、気まずくなりたくなかったから。お前が俺のことを好きなのがわかって、俺もお前のことを好きになれるかもと思って一緒にいた」
広斗の声が、微かに震えている気がするのは、私の体が震えているから?
「でも、南野のことで嫉妬されたりこうやって泣いたり……俺には無理だ。お前を好きになれない。俺も好きだって言ったことがあったけど、あれは本心じゃない。期待させて悪かった」
力を入れようとしても、体の震えが止まってはくれない。
「香取さんのところに行けよ。その方が幸せになれるだろ。俺は……お前を好きじゃないんだ。お前のことは……どうでもいい」
「好きじゃない」そう言った。
(広斗はずっと……好きじゃなかったの? 俺もって言ってくれたのも、違ったの?)
やっぱり、広斗は私の心をかき乱す。抱き締めようとしていた香取さんの手を振り払って、私は歩き出す。今は触れてほしくない。触れられたら壊れてしまいそう。
フラフラとオフィスに向かって階段を昇る。振り返っても、もうそこに広斗の姿はなかった。
オフィスに着き、そのまま自分の席に戻る。こんな状態では仕事にならないとパソコンの電源を切り、帰り支度を始める。
「ゆり」
陽子に呼び掛けられて、動きを止めた。
「大丈夫だったの?」
顔を上げると、心配そうに私の顔をのぞきこむ陽子がいた。
「うん……」
「矢野も、香取さんも行ったから……」
「……みんなにも伝えておこうかな。今まで迷惑かけちゃったし、これからのこともあるし。オフィスを出た後、広斗と話したの。話したっていうか、ただ言われただけなんだけど」
一度息を吐いて前を見る。
「広斗は……私のこと、好きじゃないって」
広斗が口にしたことを、もう一度自分で口にするだけ。それだけなのに、喉がつかえて息がうまくできない。
「私が広斗のことを好きだったから、一緒にいただけだって。はっきり言われちゃった」
「……ゆり」
「香取さんのところに行けって……その方が幸せになれるから。俺は……お前のこと……好きじゃないって。どうでもっ……っ……」
最後まで続けられない私を陽子が抱き締めてくれる。その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「……広斗っ……っ……」
好きだった。広斗のことが、好きだった。
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する
猫とろ
恋愛
あらすじ
青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。
しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。
次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。
そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。
その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。
しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。
お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?
社長×秘書×お仕事も頑張る✨
溺愛じれじれ物語りです!
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。