社内恋愛ファースト・シーズン

アリスの鏡

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7章 それぞれの選択

45話 さよならとブランコ

◇◇◇ 草下 ゆり ◇◇◇

 久しぶりの同期の飲み会だというのに、私の心にはどんよりともやがかかっている。広斗とはあの月曜日以降、少しずつ話すようになっていたけど、あの日のことを口に出すことはなかった。香取さんとも話していない。空中に浮かぶシャボン玉みたいに、私はふわふわと漂ってどこにも定まっていない。

 仕事で少し遅れて到着したお店の扉の前で、立ち止まり小さく深呼吸を繰り返す。今日は、南ちゃんが来ている。まだ少し怖い。なにもなかったような、そんな完璧な笑顔を向けられる自信なんてない。

 同期が集まるテーブルに向かえば、そちらに視線を向けずとも彼女の姿を一番に捉えてしまう。テーブルの端に座る南ちゃんと対角線上の一番遠い端の席に私は腰を下ろして、また小さく息を吐いた。

 しばらく飲んでいると、一度バイクを置きに家に戻っていたらしい広斗が来て、そのまますぐに、当たり前のように私の隣に座って飲み始めた。いつもなら普通の光景。でも、今は南ちゃんが見ている。なるべく気まずくならないように広斗と話し始めたけど、いつの間にか気まずさも忘れて、ずっと野球の話で盛り上がる。いつもみたいに二人で話す広斗と私。こうしていると、やっぱり広斗との時間は楽しい。気を遣わなくても、頑張らなくても、ただ話していられるから。

 でも、ふと視線を向けたら、遠い席に座る南ちゃんが浮かない顔をしていて、そしてそのまま机に突っ伏してしまった。彼女はお酒が強い。お酒の席で眠ることなんてない。彼女が一瞬顔を上げてこちらを見る。その顔は泣いているようで、私は思わず目をそらした。



 二次会への移動中、南ちゃんはずっと広斗の傍を離れなかった。私が前の方に歩き始めると広斗が追い付いてきて二人で並んで歩き、また話し始める。けれど、影は必ず三人になる。私には彼女の真っ直ぐさが羨ましかった。私にはできない。南ちゃんと争って広斗を手に入れることなんてできない。だから、もうこれで終わりにするんだ。

 二次会が終わったあと、私と広斗はそのまま二人で抜け出して公園に向かう。香取さんの家にも近いこの公園は滑り台やブランコがあって、そこに夜の静けさを纏って、不思議な空間に見えた。久しぶりに二人でブランコに乗り、「うわっ、揺れる」と当たり前のことに今更驚いて、私たちは少しの間はしゃいだ。しばらくして、ゆっくりと話し出す。終わりに向かって。

「広斗……」

「ん」

「この前は、あの、泣いちゃってごめんね。それから、今までも。ヤキモチ妬いたりして」

「いや。それは俺も悪かったから」

「私ね……広斗のこと好きだったんだ。好きすぎて苦しくなっちゃった。どうしてこうなっちゃったんだろうって……考えてみたけど、私が子供だったんだよね」

「……」

「広斗に自分の気持ち押し付けて……ワガママだったよね」

「そんな風に思ったことない」

「優しいね、広斗」

 また少し沈黙すると、気温が少し落ちた夏の夜の気持ちの良い風がすり抜けていく。地面を蹴り、ブランコを少し揺らした。

「今日ね、やっぱり思ったの。広斗と一緒にいると楽しいなって」

「……うん」

「でも、もうこのままじゃいけないんだよね。私は……もう」

 街灯の光がぼやけていく。それがこぼれ落ちそうになり、俯いて唇を噛み締める。

「もう好きでいるのはやめる……諦める」

 口に出した瞬間、心の一部が剥がれ落ちた気がした。

「今までごめんね。でも、優しくしてくれてありがとう。嬉しかった」

「ゆり……」

 ああ、また名前呼んだ。それで胸が高鳴ることは、もう誰にも言わない。

「……帰ろっか」

「あぁ」

 広斗と並んで駅までの道を歩く。私たちは別々の道を進む。それが、私たちが選んだ道。
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