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7章 それぞれの選択
48話 スタートライン
◇◇◇
夏の終わり。そう言いたいところだけど、まだまだ暑い。学生時代ならずっと休んでいたはずの時期。連休もなく働き詰めだったのに、それでも毎日が楽しかったのは、今ここにいる同期のおかげ。このうだるような暑さの中、夢の国に来た私たち六人は、全員が示し合わせたように空を見上げた。
せっかくの遊園地だというのに、到着と同時に雨。
「誰だよ、雨女。野原か?」
「私、晴れ女」
「私もだよ~」
「まさか、ゆりちゃん!?」
「浩ちゃん残念、私も晴れです! 誰よ、雨男!」
「俺か!」
憲吾のわざとらしい声に、みんなから笑いが零れる。
研修終わりの最後の休み。この日も集まったのは、いつものメンバーだった。雨降りといえどもさすがはこの同期で、みんなでお揃いのレインコートを購入して、雨の中をはしゃぐ。そんな中、私と広斗はあまり話せなくて、今日待ち合わせで「おはよう」と挨拶してから言葉をほとんど交わさずにいた。
そんな状態なのに、なぜか私たち二人はいつの間にかみんなと離れてしまう。みんなより先に歩いていたり、みんなより遅れていたり。それでも私たちは、どちらからも離れずに、でもどちらからも話し出さないまま、静かに並んで歩いていた。
気まずさじゃない、ちょっと違うなにか。なにを話していいかわからないのに、二人でいるのは苦しくない。そんな不思議な空気だった。それでも、思わずにはいられない。前みたいに戻ることができたらいいのにと。少しずつ前みたいに戻って、離れてしまった距離を少しずつ縮められたら。どうしてもそう思ってしまうのだ。
陽子の誕生日お祝いディナーを終えて、カリブのレストランから出てきて、ふと空を見上げると、朝から降り続いていた雨が少しずつ弱まっていた。濡れた地面に街灯が反射して、キラキラと輝いている。
「雨、あがるな」
気づけばやっぱり、隣には広斗がいた。
食事のときも、移動するときも、広斗が隣にいる。一緒に写真を撮って、腕を組んで。でも、それは同期として。みんながするように、広斗にもそうするだけ。深い意味なんてない。こうして、また仲のいい同期でいたらいいんだ。
パレードがはじまり、目の前が光の洪水になる。今まで何度も見ているはずなのに、このメンバーで見るそれは胸をどうしようもなく躍らせる。
「今日花火やるんかな?」
「どうだろ。でも、少し晴れてきたと思う」
浩ちゃんの言葉に続いて、ゆきちゃんが空を見上げる。私もそれに倣って暗くなった空を見上げた。
「じゃあ、シンデレラ城の前行かないと」
「え、なんで?」
「なんとなく」
「牧野、適当すぎるでしょ!」
パーク中央に向けて移動し始めた私たち。花火が始まるまで、たぶんあと数分。少しずつ歩む速度を速めるみんな。でも広斗はそれを見て合わせるでもなく、少しだけ離れてゆっくりと歩いている。
「広斗! 早く、早く!」
私が広斗の手を引いても、急ぐ気はないらしい。歩くスピードは全く変わらない。
「もう、広斗! はじまっちゃうよ!」
私は広斗の後ろに回り、面倒くさそうに歩いてるその背中を押す。
「どっからでも見えるだろ」
そう言って、私が押す背中にわざと体重をかけてくる。
「もうちゃんと歩いてよ」
「やだ」
その背中の懐かしい温かさがじんわりと手のひらに滲んだ。
「重いでしょ。それにしても花火ってどこに——」
なんとなく空を見上げてみたその時だった。
——ドォォォォオン!
鳴り響く、けたたましい音に慌てて振り返ると、大輪の花火が夜空に咲いている。
「わぁ……」
間近で上がるいくつもの火の花。心を震わせて咲き乱れて散っていく。
はっとして、広斗の方を見ると目が合った。花火に照らされて見えた広斗の顔は、微笑んでいて。私も同じように笑顔を返し、再び二人で夜空を見上げる。花火はクライマックスに近づくにつれて、その輝きを増していく。
「夏だな」
「うん」
「研修も終わるな……」
「あと一週間で本配属だね」
「楽しかったな」
「うん」
私たちは夜空を見上げたまま、言葉を交わす。その時、二人の手が触れて、広斗の手が私の手を包み込んだ。こんなに近くにいるのに、こうしてすぐに触れられるのに、二人の道は繋がらない。広斗の熱い手に胸が高鳴る。心臓に響く花火の音が鼓動を速くする。
その手を振りほどかなくちゃいけないのに。私が選んだのはこの手じゃないのに。この花火が消える数秒の間だけ。
最後の花火が夜空に溶け、あたりに静寂が戻る。広斗の手が、ゆっくりと離れていった。夏が終わる。私たちはそれぞれの想いを胸に秘めて、新しいスタートラインに立つ。その先に待つのが、どんな未来だとしても。私はもう、迷わずに歩いていく。
― 社内恋愛 First season 完 ―
夏の終わり。そう言いたいところだけど、まだまだ暑い。学生時代ならずっと休んでいたはずの時期。連休もなく働き詰めだったのに、それでも毎日が楽しかったのは、今ここにいる同期のおかげ。このうだるような暑さの中、夢の国に来た私たち六人は、全員が示し合わせたように空を見上げた。
せっかくの遊園地だというのに、到着と同時に雨。
「誰だよ、雨女。野原か?」
「私、晴れ女」
「私もだよ~」
「まさか、ゆりちゃん!?」
「浩ちゃん残念、私も晴れです! 誰よ、雨男!」
「俺か!」
憲吾のわざとらしい声に、みんなから笑いが零れる。
研修終わりの最後の休み。この日も集まったのは、いつものメンバーだった。雨降りといえどもさすがはこの同期で、みんなでお揃いのレインコートを購入して、雨の中をはしゃぐ。そんな中、私と広斗はあまり話せなくて、今日待ち合わせで「おはよう」と挨拶してから言葉をほとんど交わさずにいた。
そんな状態なのに、なぜか私たち二人はいつの間にかみんなと離れてしまう。みんなより先に歩いていたり、みんなより遅れていたり。それでも私たちは、どちらからも離れずに、でもどちらからも話し出さないまま、静かに並んで歩いていた。
気まずさじゃない、ちょっと違うなにか。なにを話していいかわからないのに、二人でいるのは苦しくない。そんな不思議な空気だった。それでも、思わずにはいられない。前みたいに戻ることができたらいいのにと。少しずつ前みたいに戻って、離れてしまった距離を少しずつ縮められたら。どうしてもそう思ってしまうのだ。
陽子の誕生日お祝いディナーを終えて、カリブのレストランから出てきて、ふと空を見上げると、朝から降り続いていた雨が少しずつ弱まっていた。濡れた地面に街灯が反射して、キラキラと輝いている。
「雨、あがるな」
気づけばやっぱり、隣には広斗がいた。
食事のときも、移動するときも、広斗が隣にいる。一緒に写真を撮って、腕を組んで。でも、それは同期として。みんながするように、広斗にもそうするだけ。深い意味なんてない。こうして、また仲のいい同期でいたらいいんだ。
パレードがはじまり、目の前が光の洪水になる。今まで何度も見ているはずなのに、このメンバーで見るそれは胸をどうしようもなく躍らせる。
「今日花火やるんかな?」
「どうだろ。でも、少し晴れてきたと思う」
浩ちゃんの言葉に続いて、ゆきちゃんが空を見上げる。私もそれに倣って暗くなった空を見上げた。
「じゃあ、シンデレラ城の前行かないと」
「え、なんで?」
「なんとなく」
「牧野、適当すぎるでしょ!」
パーク中央に向けて移動し始めた私たち。花火が始まるまで、たぶんあと数分。少しずつ歩む速度を速めるみんな。でも広斗はそれを見て合わせるでもなく、少しだけ離れてゆっくりと歩いている。
「広斗! 早く、早く!」
私が広斗の手を引いても、急ぐ気はないらしい。歩くスピードは全く変わらない。
「もう、広斗! はじまっちゃうよ!」
私は広斗の後ろに回り、面倒くさそうに歩いてるその背中を押す。
「どっからでも見えるだろ」
そう言って、私が押す背中にわざと体重をかけてくる。
「もうちゃんと歩いてよ」
「やだ」
その背中の懐かしい温かさがじんわりと手のひらに滲んだ。
「重いでしょ。それにしても花火ってどこに——」
なんとなく空を見上げてみたその時だった。
——ドォォォォオン!
鳴り響く、けたたましい音に慌てて振り返ると、大輪の花火が夜空に咲いている。
「わぁ……」
間近で上がるいくつもの火の花。心を震わせて咲き乱れて散っていく。
はっとして、広斗の方を見ると目が合った。花火に照らされて見えた広斗の顔は、微笑んでいて。私も同じように笑顔を返し、再び二人で夜空を見上げる。花火はクライマックスに近づくにつれて、その輝きを増していく。
「夏だな」
「うん」
「研修も終わるな……」
「あと一週間で本配属だね」
「楽しかったな」
「うん」
私たちは夜空を見上げたまま、言葉を交わす。その時、二人の手が触れて、広斗の手が私の手を包み込んだ。こんなに近くにいるのに、こうしてすぐに触れられるのに、二人の道は繋がらない。広斗の熱い手に胸が高鳴る。心臓に響く花火の音が鼓動を速くする。
その手を振りほどかなくちゃいけないのに。私が選んだのはこの手じゃないのに。この花火が消える数秒の間だけ。
最後の花火が夜空に溶け、あたりに静寂が戻る。広斗の手が、ゆっくりと離れていった。夏が終わる。私たちはそれぞれの想いを胸に秘めて、新しいスタートラインに立つ。その先に待つのが、どんな未来だとしても。私はもう、迷わずに歩いていく。
― 社内恋愛 First season 完 ―
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