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1章 偽りのガラスの靴を脱ぎ捨てて
3話 魔法の黒帽子 1
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◇
食事を終えてしばらくすると、飛行機が着陸態勢に入った。さっきまでは初めての国際線のビジネスクラス食を楽しんでいたというのに。思わず「美味しい」と零れてしまう程だったのに。さっきまでの優雅な気分が嘘のように吹き飛ぶ。恐怖の感覚に備えて目を閉じてシートを握りしめたとき、
「大丈夫?」
そう問いかける声が聞こえた。隣を見れば、その瞳を柔らかく細めてこちらを窺うように見ている彼がいる。
「涙目」
「だって……」
「俺は高所恐怖症だから、なんかわかるけど。それにしても必死だから。飯の時とは大違い」
悪戯っぽい笑顔が目の前で弾ける。初対面の人に噛みつくわけにもいかず、「笑わないでくださいよ」と呟くにとどめたと言うのに、彼は更に可笑しそうに笑う。
「……落ちる感覚が苦手で」
「そっか」
「だって、無防備じゃないですか。落ちるのに、座ってるだけですよ? シートベルト一本ですし」
こちらの主張を聞いているのかいないのか、彼の喉がククっと鳴る。
「それなら、帽子被ってみる?」
「……帽子? 被ったら変わります?」
思ったより刺々しい声が出たことが自分でもわかった。疑わしい眼差しを向けられたことをわかっているであろうはずの彼は、気にしている素振りも見せずに肩を揺らしている。腕を組むようにして、片方の拳を口に当てて笑うのが癖らしい。
「知らない? 魔法の帽子。被ると怖くなくなるっていう」
「子供じゃないんですから」
また彼は白い歯を見せて笑っている。そして、帽子のつばを持ちこちらにそれを差し出した。
「いやいや絶対……」
「ほら」
反論なんて聞かないつもり。本当に目の前まで差し出された黒い帽子が、それを物語っている。
わたしはわざとらしく頬を膨らませて、彼を睨みつけた。「子供扱いしないでください」という無言の抗議。すると、彼も全く同じ顔をして、こちらを見返してきた。
「……っ、ふふ!」
頬に溜まった空気が一気に噴き出る。完全に負けだ。この人には、何をしても敵わない気がする。
(本当に、変な人)
呆れたように思いながらも、口元が緩んでいくのを止められなかった。
「ほら、早く。もう下降してる」
人を寄せ付けない見た目のくせに、その表情や仕草は人を惹きつける。
観念して渋々と黒い帽子を受け取ると、すぐさま被れと言わんばかりに、帽子を被るジェスチャーが目の前で繰り広げられる。両手でつばを持ち、それを目深に被るとすっぽりと頭が包み込まれる。
「ほら、怖くない気がしない?」
「怖いです」
「あれ」
「本当に、本当にちょっとだけですよ。なんだか、安心します」
「やった」
目の前にあるその瞳は、やはり光を反射している。「キラキラ」という言葉がぴったりと当てはまるほどに。
少し大きめの帽子が、すっぽりと頭を覆う。視界が狭まり、世界から少しだけ切り離されたような感覚。ふわりと漂う、彼の甘い香水の香り。それが妙に落ち着く。
懐かしい。いつかどこかで感じた、絶対的な安心感。大きくて温かい何かに守られているような、そんな感覚が蘇る。
(……お兄ちゃん)
記憶の底に沈んでいた呼び名が、ふと頭をよぎった。
「似合うね、キャップ。今日の服にすごく合ってる」
ブランドも何もない白いシャツにショートパンツ。ラフそのもの。卓也なら、そんな服なんてあり得ないと一蹴される。一緒に歩くことさえもきっと叶わない。自分の服と彼を交互に見ても、彼の表情は変わらず、ただその瞳を黒目でいっぱいにしている。
「……じゃあ、ありがたく頂きます」
「え!」
目の前で再び、笑顔が弾けた。
彼と話している間に、機体がどんどん高度を下げていく。それに気付いていないわけじゃないのに、わたしの中では先ほどまでの強い恐怖が消えていた。隣を窺えば、わたしの視線に気付いた彼がこちらを見て微笑んでくれる。
食事を終えてしばらくすると、飛行機が着陸態勢に入った。さっきまでは初めての国際線のビジネスクラス食を楽しんでいたというのに。思わず「美味しい」と零れてしまう程だったのに。さっきまでの優雅な気分が嘘のように吹き飛ぶ。恐怖の感覚に備えて目を閉じてシートを握りしめたとき、
「大丈夫?」
そう問いかける声が聞こえた。隣を見れば、その瞳を柔らかく細めてこちらを窺うように見ている彼がいる。
「涙目」
「だって……」
「俺は高所恐怖症だから、なんかわかるけど。それにしても必死だから。飯の時とは大違い」
悪戯っぽい笑顔が目の前で弾ける。初対面の人に噛みつくわけにもいかず、「笑わないでくださいよ」と呟くにとどめたと言うのに、彼は更に可笑しそうに笑う。
「……落ちる感覚が苦手で」
「そっか」
「だって、無防備じゃないですか。落ちるのに、座ってるだけですよ? シートベルト一本ですし」
こちらの主張を聞いているのかいないのか、彼の喉がククっと鳴る。
「それなら、帽子被ってみる?」
「……帽子? 被ったら変わります?」
思ったより刺々しい声が出たことが自分でもわかった。疑わしい眼差しを向けられたことをわかっているであろうはずの彼は、気にしている素振りも見せずに肩を揺らしている。腕を組むようにして、片方の拳を口に当てて笑うのが癖らしい。
「知らない? 魔法の帽子。被ると怖くなくなるっていう」
「子供じゃないんですから」
また彼は白い歯を見せて笑っている。そして、帽子のつばを持ちこちらにそれを差し出した。
「いやいや絶対……」
「ほら」
反論なんて聞かないつもり。本当に目の前まで差し出された黒い帽子が、それを物語っている。
わたしはわざとらしく頬を膨らませて、彼を睨みつけた。「子供扱いしないでください」という無言の抗議。すると、彼も全く同じ顔をして、こちらを見返してきた。
「……っ、ふふ!」
頬に溜まった空気が一気に噴き出る。完全に負けだ。この人には、何をしても敵わない気がする。
(本当に、変な人)
呆れたように思いながらも、口元が緩んでいくのを止められなかった。
「ほら、早く。もう下降してる」
人を寄せ付けない見た目のくせに、その表情や仕草は人を惹きつける。
観念して渋々と黒い帽子を受け取ると、すぐさま被れと言わんばかりに、帽子を被るジェスチャーが目の前で繰り広げられる。両手でつばを持ち、それを目深に被るとすっぽりと頭が包み込まれる。
「ほら、怖くない気がしない?」
「怖いです」
「あれ」
「本当に、本当にちょっとだけですよ。なんだか、安心します」
「やった」
目の前にあるその瞳は、やはり光を反射している。「キラキラ」という言葉がぴったりと当てはまるほどに。
少し大きめの帽子が、すっぽりと頭を覆う。視界が狭まり、世界から少しだけ切り離されたような感覚。ふわりと漂う、彼の甘い香水の香り。それが妙に落ち着く。
懐かしい。いつかどこかで感じた、絶対的な安心感。大きくて温かい何かに守られているような、そんな感覚が蘇る。
(……お兄ちゃん)
記憶の底に沈んでいた呼び名が、ふと頭をよぎった。
「似合うね、キャップ。今日の服にすごく合ってる」
ブランドも何もない白いシャツにショートパンツ。ラフそのもの。卓也なら、そんな服なんてあり得ないと一蹴される。一緒に歩くことさえもきっと叶わない。自分の服と彼を交互に見ても、彼の表情は変わらず、ただその瞳を黒目でいっぱいにしている。
「……じゃあ、ありがたく頂きます」
「え!」
目の前で再び、笑顔が弾けた。
彼と話している間に、機体がどんどん高度を下げていく。それに気付いていないわけじゃないのに、わたしの中では先ほどまでの強い恐怖が消えていた。隣を窺えば、わたしの視線に気付いた彼がこちらを見て微笑んでくれる。
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