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1章 偽りのガラスの靴を脱ぎ捨てて
3話 魔法の黒帽子 2
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飛行機は滑らかに着陸して、ゆっくりと滑走路をめぐると静かに停止した。人々が座席から立ち上がり、降りる準備をし始める。隣に座っていた彼が同じように立ち上がり、「荷物取るよ」とわたしの荷物も取って渡してくれる。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。行ける? 大丈夫?」
「あ、はい」
ドアが開けられて、乗客がゆっくりと流れ出す。機内から解放され、人々は安堵の息を漏らす。窓からは、息をのむような青い空が見えた。それは、東京の空の色とは違う、鮮烈なコバルトブルー。
強烈な日差しが降り注いでいるのに、肌を撫でる風はどこか乾いていて軽い。
ゲートを出て、広々とした到着ロビーへ足を踏み入れると、彼は慣れた手つきでポケットからスマホを取り出した。
「誰か迎えに来るの?」
「はい、一応来てもらうことになっています」
「そっか、よかった」
彼はわたしの言葉に、ふと口元を緩めた。わたしもつられて同じように微笑みを返した瞬間、彼のスマホが突如として光を放ち始めた。微かに、「ブブブ……」というバイブレーションの振動音が、周囲の喧騒の中でもはっきりと聞こえてくる。着信を告げる、控えめながらも確かな音。
「ごめん」
彼は、片手を上げてわたしに断りを入れると、すぐにスマホを耳にあてた。
「はい……ああ、今着いたところです」
低い、それでいてよく響く彼の声が、ロビーの高い天井に吸い込まれていく。そのまま、彼は人波を縫うようにして、ゆっくりと遠ざかっていった。真剣な面持ちで話し続ける彼の背中は、あっという間に人々の影に溶け込んでいく。
どんどん遠ざかる彼の背中を、ただぼんやりと見ていると、今度はわたしのスマホが微かに震えだした。彼の姿を追っていた目をそちらへと移す。
画面に表示されているのは、見慣れない、登録のない電話番号だった。この番号の主は、間違いなく迎えに来てくれると言っていたホテルのオーナーだろう。
通話ボタンを押そうとスマホを握りしめたその時、ハッとして顔を上げた。
たった一瞬。本当にごくわずかな時間。それでも、わたしの目が捉えているのは、あの金色の髪じゃない。正面、後ろ、右も左も。どこにも姿がなくて、その香りだけがこの場に微かに残っている。
手の中では、スマホが律儀に振動し続けている。その振動が、わたしを現実へと引き戻した。ようやく、わたしはスマホに視線を戻し、通話ボタンを押し込んだ。
「はい……」
わたしの声は、賑やかな周囲の音にかき消されたのか、相手には届かなかったようで、耳には、もう一度、相手からの挨拶の声が届く。
「あ、大丈夫です。聞こえてます」
電話の主から言われたとおり、建物の出口を進んでいく。目の前に現れたのは、一台の真新しい白い大きな車。その中から、サングラスをかけ、浅黒い肌をした男性がわたしに向かって軽く手を振っているのが見えた。
通話を切り、もう一度だけ振り返る。そこにあるのは、押し寄せる旅行客の波だけ。あの目立つ金髪も、小麦色の肌も、どこにも見当たらない。
「……いない」
たった数時間、隣に座っていただけの他人。それなのに、急に世界が少し色褪せたように感じるのは何故だろう。胸の隙間に風が吹くような感覚。
それに首を振って、わたしは迎えに来ていた白い車に乗り込んだ。車のドアが閉まり、外の喧騒が遮断される。わたしは、ただ、シートに深く身体を沈めるしかなかった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。行ける? 大丈夫?」
「あ、はい」
ドアが開けられて、乗客がゆっくりと流れ出す。機内から解放され、人々は安堵の息を漏らす。窓からは、息をのむような青い空が見えた。それは、東京の空の色とは違う、鮮烈なコバルトブルー。
強烈な日差しが降り注いでいるのに、肌を撫でる風はどこか乾いていて軽い。
ゲートを出て、広々とした到着ロビーへ足を踏み入れると、彼は慣れた手つきでポケットからスマホを取り出した。
「誰か迎えに来るの?」
「はい、一応来てもらうことになっています」
「そっか、よかった」
彼はわたしの言葉に、ふと口元を緩めた。わたしもつられて同じように微笑みを返した瞬間、彼のスマホが突如として光を放ち始めた。微かに、「ブブブ……」というバイブレーションの振動音が、周囲の喧騒の中でもはっきりと聞こえてくる。着信を告げる、控えめながらも確かな音。
「ごめん」
彼は、片手を上げてわたしに断りを入れると、すぐにスマホを耳にあてた。
「はい……ああ、今着いたところです」
低い、それでいてよく響く彼の声が、ロビーの高い天井に吸い込まれていく。そのまま、彼は人波を縫うようにして、ゆっくりと遠ざかっていった。真剣な面持ちで話し続ける彼の背中は、あっという間に人々の影に溶け込んでいく。
どんどん遠ざかる彼の背中を、ただぼんやりと見ていると、今度はわたしのスマホが微かに震えだした。彼の姿を追っていた目をそちらへと移す。
画面に表示されているのは、見慣れない、登録のない電話番号だった。この番号の主は、間違いなく迎えに来てくれると言っていたホテルのオーナーだろう。
通話ボタンを押そうとスマホを握りしめたその時、ハッとして顔を上げた。
たった一瞬。本当にごくわずかな時間。それでも、わたしの目が捉えているのは、あの金色の髪じゃない。正面、後ろ、右も左も。どこにも姿がなくて、その香りだけがこの場に微かに残っている。
手の中では、スマホが律儀に振動し続けている。その振動が、わたしを現実へと引き戻した。ようやく、わたしはスマホに視線を戻し、通話ボタンを押し込んだ。
「はい……」
わたしの声は、賑やかな周囲の音にかき消されたのか、相手には届かなかったようで、耳には、もう一度、相手からの挨拶の声が届く。
「あ、大丈夫です。聞こえてます」
電話の主から言われたとおり、建物の出口を進んでいく。目の前に現れたのは、一台の真新しい白い大きな車。その中から、サングラスをかけ、浅黒い肌をした男性がわたしに向かって軽く手を振っているのが見えた。
通話を切り、もう一度だけ振り返る。そこにあるのは、押し寄せる旅行客の波だけ。あの目立つ金髪も、小麦色の肌も、どこにも見当たらない。
「……いない」
たった数時間、隣に座っていただけの他人。それなのに、急に世界が少し色褪せたように感じるのは何故だろう。胸の隙間に風が吹くような感覚。
それに首を振って、わたしは迎えに来ていた白い車に乗り込んだ。車のドアが閉まり、外の喧騒が遮断される。わたしは、ただ、シートに深く身体を沈めるしかなかった。
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