63 / 152
3章 魔法をかけられて
15話 刹那の恋は瞬いて 4
しおりを挟む
◇◇
それから、何度も龍介さんにメロディを弾いてもらい、自分でも口ずさめる程に繰り返し聴けば、フレーズが頭の中に湧き出てくる。ピアノを弾く龍介さんの真横に座り、二人の言葉を、一冊のノートに丁寧に書きとめていく。
集中していた時間はあっという間に過ぎ去り、気づけば周囲は夕暮れの気配を漂わせていた。指先も、思考も、少し疲れてきた頃合いを見計らい、「少し休憩をしよう」と龍介さんが立ち上がった。書きかけの詩を綴ったノートをそのままに、静かに部屋を後にする。
窓の外の庭を通り、芝生を抜けていく。潮の香りが微かに漂い始めると、目の前に広がる砂浜に出た。空はすでに茜色から群青色に変わり始めている。裸足で踏みしめる砂の感触、寄せては返す波の音が、少しだけ張り詰めていた心を優しく解きほぐしていくようだった。
「気持ちいいですね」
「うん、風がいいね」
持ってきた丸い小さなラグを砂浜に置いて、その上に二人で腰を下ろす。二人分のスペースには少し窮屈な、直径一メートルほどのそのラグは、二人の距離を自然と近づけてくれる。
昼間の太陽が蓄えた熱を少しだけ残す砂浜は、裸足には心地よい温かさ。海の向こうには、数えきれないほどの星々が瞬き始めている。ひいては満ちてと繰り返す波の音が、優しい調べとなって耳に届く。時間がゆったりと、揺らめく波のように流れていく。
「龍介さんの声は不思議ですね。隣で聴いていると……胸がいっぱいになります」
「本当?」
彼は少し驚いたように、それから嬉しそうに微笑んだ。
「初めて聞いたときは鳥肌が立ちました」
あの日の衝撃を今でも鮮明に覚えている。響き渡る彼の歌声は、美しいだけじゃなくて、わたしの心を強く揺さぶるのだ。
「うそ」
「なんで笑うんですか。本当ですよ」
嬉しいと言いながらも恥ずかしそうに微笑む彼を見つめた。夜の帳が下り始めたばかりの砂浜で、彼の横顔は、わずかな月明かりと星の光を受けて、より一層輝く。
「でも良かった。綾乃ちゃんが笑ってて」
金色の髪に髭、大きく肌蹴た胸元や隆起した腕には黒いタトゥー。一見、わたしが今まで近づいたことのない、危険な匂いを放つ人種に見える。しかし、彼の唇から紡ぎ出されるのは、ゆったりとした穏やかな話し方に柔らかく低い声。優しくて、人の痛みに敏感で涙もろい。そして、なにより純粋すぎるほどに心が真っ直ぐで温かい。
厳つい見た目の奥にある、ガラス細工みたいに繊細な心。こんな人は初めて。初めて出会ったあの日から、わたしの心は彼の存在によって大きく揺さぶられている。
水平線を見つめる彼の横顔が、ふいに遠く感じて、指先が冷たくなった。あと数日。カウントダウンの時計が、チクタクと耳元で鳴っているみたいだ。終わりが来るのが怖い。その恐怖を打ち消したくて、わたしは無意識に彼の服の裾を握りしめていた。
それから、何度も龍介さんにメロディを弾いてもらい、自分でも口ずさめる程に繰り返し聴けば、フレーズが頭の中に湧き出てくる。ピアノを弾く龍介さんの真横に座り、二人の言葉を、一冊のノートに丁寧に書きとめていく。
集中していた時間はあっという間に過ぎ去り、気づけば周囲は夕暮れの気配を漂わせていた。指先も、思考も、少し疲れてきた頃合いを見計らい、「少し休憩をしよう」と龍介さんが立ち上がった。書きかけの詩を綴ったノートをそのままに、静かに部屋を後にする。
窓の外の庭を通り、芝生を抜けていく。潮の香りが微かに漂い始めると、目の前に広がる砂浜に出た。空はすでに茜色から群青色に変わり始めている。裸足で踏みしめる砂の感触、寄せては返す波の音が、少しだけ張り詰めていた心を優しく解きほぐしていくようだった。
「気持ちいいですね」
「うん、風がいいね」
持ってきた丸い小さなラグを砂浜に置いて、その上に二人で腰を下ろす。二人分のスペースには少し窮屈な、直径一メートルほどのそのラグは、二人の距離を自然と近づけてくれる。
昼間の太陽が蓄えた熱を少しだけ残す砂浜は、裸足には心地よい温かさ。海の向こうには、数えきれないほどの星々が瞬き始めている。ひいては満ちてと繰り返す波の音が、優しい調べとなって耳に届く。時間がゆったりと、揺らめく波のように流れていく。
「龍介さんの声は不思議ですね。隣で聴いていると……胸がいっぱいになります」
「本当?」
彼は少し驚いたように、それから嬉しそうに微笑んだ。
「初めて聞いたときは鳥肌が立ちました」
あの日の衝撃を今でも鮮明に覚えている。響き渡る彼の歌声は、美しいだけじゃなくて、わたしの心を強く揺さぶるのだ。
「うそ」
「なんで笑うんですか。本当ですよ」
嬉しいと言いながらも恥ずかしそうに微笑む彼を見つめた。夜の帳が下り始めたばかりの砂浜で、彼の横顔は、わずかな月明かりと星の光を受けて、より一層輝く。
「でも良かった。綾乃ちゃんが笑ってて」
金色の髪に髭、大きく肌蹴た胸元や隆起した腕には黒いタトゥー。一見、わたしが今まで近づいたことのない、危険な匂いを放つ人種に見える。しかし、彼の唇から紡ぎ出されるのは、ゆったりとした穏やかな話し方に柔らかく低い声。優しくて、人の痛みに敏感で涙もろい。そして、なにより純粋すぎるほどに心が真っ直ぐで温かい。
厳つい見た目の奥にある、ガラス細工みたいに繊細な心。こんな人は初めて。初めて出会ったあの日から、わたしの心は彼の存在によって大きく揺さぶられている。
水平線を見つめる彼の横顔が、ふいに遠く感じて、指先が冷たくなった。あと数日。カウントダウンの時計が、チクタクと耳元で鳴っているみたいだ。終わりが来るのが怖い。その恐怖を打ち消したくて、わたしは無意識に彼の服の裾を握りしめていた。
0
あなたにおすすめの小説
私、これからいきます。
蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。
すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。
「死んだら後悔する」
そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。
それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。
年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく――
絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。
※完結しました※
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
少しでも誰かの心に残っていたら嬉しいです。
このあと番外編も公開予定ですので、
よろしければ引き続きお付き合いください。
【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆
Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。
高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。
つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。
夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。
そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。
バスケ部時代のお話はコチラ⬇
◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇
願わくば一輪の花束を
雨宮 瑞樹
恋愛
影山紅羽(くれは)は、自由のない裕福な暮らしを強いられていた。大学生になると、紅羽は、母の反対を押し切り、自由を求めて海外旅行へ。後藤という男と出会い、プロポーズされる。紅羽は家を出ることを決意した。
家に帰り母へ告げようとするが、拒否。しかし、会食に付き添いいうことを聞いてくれれば、話を聞くという。
その日さえ乗り切れればいいのだと、希望を持つが、その会食は政略結婚の場だった。
紅羽は、耐え切れずその場を飛び出し、そのまま後藤の元へ走ろうとしたのだが、連絡がつかない。騙されたことに気付く。それでも、紅羽は着の身着のままに飛び出した。
心機一転、カフェでバイトを始めた紅羽だったが、その先で天野湊と出会うのだった。
【花言葉】
赤いバラ……一目惚れ。
梅……忍耐、忠実。
桜……純潔、優美な女性。
ヒマワリ……憧れ、あなただけを見つめる、愛慕。
ルリマツリ……心が和らぐ、いつも明るい。
エーデルワイス……大切な思い出、勇気。
あざみ……触らないで、報復。
ジャスミン……あなたと一緒に
スイートピー……門出、別離
ネモフィラ……あなたを許す
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる