シンデレラ・スキャンダル

アリスの鏡

文字の大きさ
64 / 152
3章 魔法をかけられて

15話 刹那の恋は瞬いて 5

しおりを挟む
「……ハワイって、本当にすごいですね。こんなにも心が満たされていくのは初めての経験です」

 彼は静かに微笑み、深く息を吸い込む。

「俺も初めてここに来たときに、綾乃ちゃんと全く同じこと思った。自分の心が空っぽになったようで、同時に満ち足りていく。なんて不思議な感覚なんだろうって」

「はい……でも、わたし一人だったら、こんな風には過ごせなかったと思います」

「楽しい?」

 波の音にも負けないぐらい穏やかに響く声に、微笑んで頷いてみせる。「毎日が夢のようです」と言うと、彼は優しく笑った。

「龍介さんに出会わなかったら、こんなに素敵な日々にならなかったです」

「俺だってそうだよ。こんな風に一緒に海を見ることになるなんて思わなかった」

「本当ですね」

「一緒の飛行機で、席が隣になって、スーパーでまた会って、今、こうして一緒に過ごしてる。すごいよね」

「初めて見たとき、龍介さんのこと絶対に怖い人だと思ったのに」

 彼は笑って、視線を海に移した。

 思い返せば、飛行機での彼の第一印象は最悪だった。近寄りがたい外見が周囲を威圧していたから。まさか、その数日後に、こんな風に過ごすことになるなんて。

 もう怖いところなんて一つもない。彼の大きな優しさに触れたから。その温かさに包まれたから。出会ってからずっと、わたしは彼の優しさに守られている。

 初めて顔を合わせたのは、五日前の飛行機の中。たった五日——。たった五日しか経っていないなんて嘘みたいだ。だって、わたしの心臓は彼を見つめるだけで騒ぎ出す。

「龍介さんに会えて、本当に良かったです。こんなに幸せな時間は初めてで」

「俺もあの時、綾乃ちゃんを見つけて良かった。綾乃ちゃんがいるから今までとは違う。こんなに……」

 途切れた言葉の先を聞きたくて、龍介さんの顔を見る。瞳が月の明かりを反射して揺らめいている。潮風がわたしたちの間を通り過ぎ、髪を揺らしていく。

 ラグの上に置いたわたしの手に、彼の大きな手がゆっくりと重なる。ごつごつとした手のひらから伝わる体温が、わたしの指先からじんわりと体全体に広がっていく。そちらに意識を奪われた瞬間、もう一つの手が、そっとわたしの頬を包み込んだ。指の腹で優しく撫でるような仕草に、全身の力が抜けていく。

「……綾乃ちゃん」

 囁くような声。微かな月明かりの下、彼の視線がわたしの目から、ゆっくりと唇へと滑り落ちる。その視線だけで、唇が熱を持つ。

 唇をなぞる親指のざらりとした感触に、わたしは吸い込まれるように、ゆっくりと瞼を閉じた。 潮騒の音が遠のき、代わりに彼の甘い吐息が近づいてくる。そして——唇に、柔らかくて熱いものが触れた。

 優しく柔らかい口づけは、少しずつ深く重なり合っていく。息もままならない程に。喘ぐように息をして、また彼に塞がれて。二つの唇の隙間から、こぼれ落ちる吐息。わたしの身体に触れる龍介さんの手の熱。触れられたその場所から全身に熱が広がって、全てが彼に染まっていく。


 三年ぶりの恋はリハビリをする間もなく、転がるように落ちていく。きっとこの恋は刹那に瞬いて、すぐに散っていってしまうだろう。それでも止められない。もうどうしようもできない。

 重なり合う素肌の温かさも、覆いかぶさる身体の重さも、夢を見ているようで、幸せで苦しい。耳に届く息遣いと波の音に胸の高鳴りが増していく。わたしはすがるように、彼の背中に腕を回した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私、これからいきます。

蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。 すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。 「死んだら後悔する」 そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。 それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。 年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく―― 絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。 ※完結しました※ ここまで読んでくださり、 本当にありがとうございました。 少しでも誰かの心に残っていたら嬉しいです。 このあと番外編も公開予定ですので、 よろしければ引き続きお付き合いください。

【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆

Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。 高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。 つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。 夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。 そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。 バスケ部時代のお話はコチラ⬇ ◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇

願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹
恋愛
  影山紅羽(くれは)は、自由のない裕福な暮らしを強いられていた。大学生になると、紅羽は、母の反対を押し切り、自由を求めて海外旅行へ。後藤という男と出会い、プロポーズされる。紅羽は家を出ることを決意した。  家に帰り母へ告げようとするが、拒否。しかし、会食に付き添いいうことを聞いてくれれば、話を聞くという。  その日さえ乗り切れればいいのだと、希望を持つが、その会食は政略結婚の場だった。  紅羽は、耐え切れずその場を飛び出し、そのまま後藤の元へ走ろうとしたのだが、連絡がつかない。騙されたことに気付く。それでも、紅羽は着の身着のままに飛び出した。  心機一転、カフェでバイトを始めた紅羽だったが、その先で天野湊と出会うのだった。 【花言葉】  赤いバラ……一目惚れ。  梅……忍耐、忠実。  桜……純潔、優美な女性。    ヒマワリ……憧れ、あなただけを見つめる、愛慕。  ルリマツリ……心が和らぐ、いつも明るい。  エーデルワイス……大切な思い出、勇気。     あざみ……触らないで、報復。  ジャスミン……あなたと一緒に    スイートピー……門出、別離  ネモフィラ……あなたを許す

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

処理中です...