闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐の華は、冷酷将軍の腕に咲く。

第二章 獣の巣

十一話 生の匂い

　一人残された天幕の中で、玉蓮は微かに震える指を固く握りしめた。赫燕かくえんの言葉が耳の奥で反響し、胸の奥で燃え盛っていた熱が、風に吹かれた炎のように揺らいだ。

　脳裏に、姉の優しい笑顔が浮かび、すぐに、それを引き裂くように、腹違いの姉妹たちの嘲笑が響き渡った。


　——四肢を切り落とされ、皮を剥がされた——


　震えるな、怯むな、そう言い聞かせるようにさらに拳に力を込める。心の中で、自らに何度も刻みつける。あの男こそ、我が刃なのだ、と。


　どれほどの時間がそうして過ぎたのだろうか。

　厚い獣皮じゅうひの幕が静かに持ち上げられ、朱飛しゅひが入ってきた。玉蓮は、はっと顔を上げる。

　能面のように動かぬ顔。だが、その夜の湖のような瞳だけは、さきほどと違って確かに玉蓮を映していた。品定めするような下卑た光でも、圧倒する光でもない。ただ、嵐の後の静けさを映すような瞳。

「……忠告しておく。ここでは、お前の常識は通用しない。軽率な真似はするな」

　朱飛しゅひはそれだけ言うと、懐から包子パオズを一つ取り出し、無言で玉蓮に押し付けた。

「……食べろ。腹が減っては、何も考えられない」

　包子の温もりが、石のように固まっていた指先をゆっくりと解かしていく。湯気の匂い。小麦の匂い。獣の巣のただ中で、それは確かに生の匂いだった。