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第一章
第二話 修復魔法
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「ただいま」
ヘムカたちが家に帰ると、父親はすでに朝食を作り始めていた。草原で狩れたウサギの燻製を捌いている。母親は地床炉に向かうと、上に置かれた焙烙で木の実を炒り始める。徐々にだが、家中が芳しくなっていく。
「ああ、お帰り。ヘムカ、少し手伝ってくれ。お前の好きなウサギ肉だぞ」
捌くのに夢中へヘムカたちの帰宅に気がついていなかった父親はヘムカにウサギの燻製を誇るようにまるまると見せた。
ヘムカは、転生しておいしいものが少なく絶望しかけたが一方でウサギ肉だけは好物だったのだ。
父親から石包丁を渡されると、適度なサイズに刻んでいく。食材を切り刻むだけなら幼い頃から手伝っているため、今では調理などもするようになっている。
「こんなもんかな」
刻んだ燻製を父親に見せると、首肯してくれた。皿に乗っかった木の実と捌かれた燻製肉を両親とヘムカが居間に持ってやってくる。居間とはいっても、竪穴式住居の居間はかなり小さく三人が座るだけでも窮屈感があった。
「じゃ、食べるか」
「そうね」
両親は食べ始めるが、ヘムカはそれを見てもどかしさを感じた。
いただきますとごちそうさま。両方ともこの世界にはない単語だ。異世界ものでは主人公たちが広めているケースもあったが、別世界の文化を持ち込むべきなのかと考えるとやはり積極的にはなれなかった。
そして、食器もそうだ。東アジアでは箸が使われているが、この世界では箸もなければスプーンもフォークもない。手づかみだ。最初こそ抵抗はあったが、今では違和感を覚えつつも食べられるようになっていた。
甘さや酸味などない。素朴な種実類のような味だ。けれども、農業をあまりしないこの地においては貴重な主食である。燻製も食べれば、すぐにお腹が膨れる量だった。
「ヘムカ? もう食べないの?」
母親が、中々木の実を食べないヘムカを心配する。
「うん。お腹いっぱいになったから」
ヘムカは腹部をさすり満腹感をアピールする。
それを母親は見ると、余った木の実を回収するしようと動く。木の実は食用以外にも、いろいろと役に立つのだ。だからこそ、母親は焙烙を手づかみしようとした。
「あっつい! ……あ」
母親は反射的に焙烙を上へ投げてしまい木の実が宙を舞う。そして、そのまま床に落ちると謹んだ高い音を立てて割れてしまった。
その瞬間、家族団欒の場は静まり返った。
衛生観念などないこの世界においては、床に食べ物が落ちようとあまり気にしない。ましてや、落ちた木の実は食用以外に使われる予定だった。なんてことはない。
けれども、焙烙は別だ。作るのに長い時間かかるため、貴重品扱いだ。
真っ先に沈黙を破ったのは父だった。父はヘムカを見つめてこう言った。
「ヘムカ、すまん。修復魔法」
「わ、わかった」
ヘムカは散らばった焙烙の破片を集めると、念じた。すると、すぐに焙烙の破片に数多の色の光が宿り重力を感じさせられないような、まるで穏やかな水の中にあるかのように浮遊しくっついていく。こうして、以前と同じ状態になると床の上に静かに置かれた。
焙烙は無事に元に戻ったが、家族間の空気はすぐには戻らなかった。
焙烙が元に戻る様子を何も言わず見届けた父親は、焙烙が元に戻るとすぐに母親の方へと視線を向けた。母親も、悪いことをしたと思っているため、しょんぼりと耳としっぽを垂らしている。
「その……ごめんなさい。ヘムカ。迷惑かけちゃって」
母親はすっかり萎えてしまったが、ヘムカは悪くないにも関わらず謎の自責の念に苦しめられる。
「いいよ、それくらい。家族でしょ」
ヘムカは必死で頭を上げるように母親に諭した。
「そう言って貰えると助かるわ」
母親は頭を上げる。しかし、一度静まり返った空間は静寂を保ったままだった。
「そ、それにしても、ヘムカの修復魔法本当にすごいよな」
空気を変えようと、父親はヘムカの修復魔法についての話を振った。
ヘムカの修復魔法は、たまたまヘムカが身に付けたものだ。以前、魔法に秀でた村人に魔法適正を見てもらったことがあったが、修復魔法に長けているとのことだった。そのため、ヘムカが自力で才能を開花させたのである。なお、修復魔法以外には何も使えない。
「そんな便利なもんじゃないよ。疲れるし、あんまり出番ないし。それに、魔力に敏感だから日によってこそばゆいんだよ」
魔法には魔力が必要だ。そして、その魔力は常に空気中に漂っていて自然に体内に吸収される。けれども、日によって多い日や少ない日もあり多すぎる日だと皮膚がむずむずして痒くなるのだ。
前世では低気圧になると偏頭痛になる体質だったため、転生しても気候により体調を左右されるという柵からは逃れられないのかと嘆いたものだ。
「でも便利でしょ。俺も使えたらな」
父親はヘムカを羨ましがる。しかし、修復魔法が使えるからといって、別に壊すのが許されたわけではない。ごく普通の亜人として、ごく普通の規律を守り生活を送る。ヘムカとしてもそれを守っていた。この普通に暮らすということを、ヘムカは幸せに感じているのだ。
「ヘムカ、こんな日にごめんなさいね」
母親はヘムカに謝罪するが、肝心のヘムカは意図をつかめていなかった。
「ん? 今日何の日だっけ」
そもそも、この世界は暦が曖昧だ。冬の間は暦が止まる。それに、現代日本とは違って休日や祝日という概念がない。あくまでも農作業の時期を知るためのものでしかない。農家からすれば重要だったが、ヘムカのは違う。農作業を手伝うこともあるが、母親の仕事は石器や土器などを作る仕事だ。ヘムカも成長すれば、いずれ本業となる。
「何って誕生日だろう。自分の誕生日くらい覚えたほうがいい」
ああ、そうだったとヘムカは思った。
亜人に誕生日に祝う風習はない。しかし、八歳の誕生日は違う。八歳になると、子どもは子どもでなくなってしまい大人になるのだ。
そして、ヘムカは今日八歳になっていた。
「だからこそ、家で宴を開こう。ささやかだがな」
父親は、家族間の空気が重苦しかったとは思えないほど爽やかな笑みを浮かべた。
ヘムカたちが家に帰ると、父親はすでに朝食を作り始めていた。草原で狩れたウサギの燻製を捌いている。母親は地床炉に向かうと、上に置かれた焙烙で木の実を炒り始める。徐々にだが、家中が芳しくなっていく。
「ああ、お帰り。ヘムカ、少し手伝ってくれ。お前の好きなウサギ肉だぞ」
捌くのに夢中へヘムカたちの帰宅に気がついていなかった父親はヘムカにウサギの燻製を誇るようにまるまると見せた。
ヘムカは、転生しておいしいものが少なく絶望しかけたが一方でウサギ肉だけは好物だったのだ。
父親から石包丁を渡されると、適度なサイズに刻んでいく。食材を切り刻むだけなら幼い頃から手伝っているため、今では調理などもするようになっている。
「こんなもんかな」
刻んだ燻製を父親に見せると、首肯してくれた。皿に乗っかった木の実と捌かれた燻製肉を両親とヘムカが居間に持ってやってくる。居間とはいっても、竪穴式住居の居間はかなり小さく三人が座るだけでも窮屈感があった。
「じゃ、食べるか」
「そうね」
両親は食べ始めるが、ヘムカはそれを見てもどかしさを感じた。
いただきますとごちそうさま。両方ともこの世界にはない単語だ。異世界ものでは主人公たちが広めているケースもあったが、別世界の文化を持ち込むべきなのかと考えるとやはり積極的にはなれなかった。
そして、食器もそうだ。東アジアでは箸が使われているが、この世界では箸もなければスプーンもフォークもない。手づかみだ。最初こそ抵抗はあったが、今では違和感を覚えつつも食べられるようになっていた。
甘さや酸味などない。素朴な種実類のような味だ。けれども、農業をあまりしないこの地においては貴重な主食である。燻製も食べれば、すぐにお腹が膨れる量だった。
「ヘムカ? もう食べないの?」
母親が、中々木の実を食べないヘムカを心配する。
「うん。お腹いっぱいになったから」
ヘムカは腹部をさすり満腹感をアピールする。
それを母親は見ると、余った木の実を回収するしようと動く。木の実は食用以外にも、いろいろと役に立つのだ。だからこそ、母親は焙烙を手づかみしようとした。
「あっつい! ……あ」
母親は反射的に焙烙を上へ投げてしまい木の実が宙を舞う。そして、そのまま床に落ちると謹んだ高い音を立てて割れてしまった。
その瞬間、家族団欒の場は静まり返った。
衛生観念などないこの世界においては、床に食べ物が落ちようとあまり気にしない。ましてや、落ちた木の実は食用以外に使われる予定だった。なんてことはない。
けれども、焙烙は別だ。作るのに長い時間かかるため、貴重品扱いだ。
真っ先に沈黙を破ったのは父だった。父はヘムカを見つめてこう言った。
「ヘムカ、すまん。修復魔法」
「わ、わかった」
ヘムカは散らばった焙烙の破片を集めると、念じた。すると、すぐに焙烙の破片に数多の色の光が宿り重力を感じさせられないような、まるで穏やかな水の中にあるかのように浮遊しくっついていく。こうして、以前と同じ状態になると床の上に静かに置かれた。
焙烙は無事に元に戻ったが、家族間の空気はすぐには戻らなかった。
焙烙が元に戻る様子を何も言わず見届けた父親は、焙烙が元に戻るとすぐに母親の方へと視線を向けた。母親も、悪いことをしたと思っているため、しょんぼりと耳としっぽを垂らしている。
「その……ごめんなさい。ヘムカ。迷惑かけちゃって」
母親はすっかり萎えてしまったが、ヘムカは悪くないにも関わらず謎の自責の念に苦しめられる。
「いいよ、それくらい。家族でしょ」
ヘムカは必死で頭を上げるように母親に諭した。
「そう言って貰えると助かるわ」
母親は頭を上げる。しかし、一度静まり返った空間は静寂を保ったままだった。
「そ、それにしても、ヘムカの修復魔法本当にすごいよな」
空気を変えようと、父親はヘムカの修復魔法についての話を振った。
ヘムカの修復魔法は、たまたまヘムカが身に付けたものだ。以前、魔法に秀でた村人に魔法適正を見てもらったことがあったが、修復魔法に長けているとのことだった。そのため、ヘムカが自力で才能を開花させたのである。なお、修復魔法以外には何も使えない。
「そんな便利なもんじゃないよ。疲れるし、あんまり出番ないし。それに、魔力に敏感だから日によってこそばゆいんだよ」
魔法には魔力が必要だ。そして、その魔力は常に空気中に漂っていて自然に体内に吸収される。けれども、日によって多い日や少ない日もあり多すぎる日だと皮膚がむずむずして痒くなるのだ。
前世では低気圧になると偏頭痛になる体質だったため、転生しても気候により体調を左右されるという柵からは逃れられないのかと嘆いたものだ。
「でも便利でしょ。俺も使えたらな」
父親はヘムカを羨ましがる。しかし、修復魔法が使えるからといって、別に壊すのが許されたわけではない。ごく普通の亜人として、ごく普通の規律を守り生活を送る。ヘムカとしてもそれを守っていた。この普通に暮らすということを、ヘムカは幸せに感じているのだ。
「ヘムカ、こんな日にごめんなさいね」
母親はヘムカに謝罪するが、肝心のヘムカは意図をつかめていなかった。
「ん? 今日何の日だっけ」
そもそも、この世界は暦が曖昧だ。冬の間は暦が止まる。それに、現代日本とは違って休日や祝日という概念がない。あくまでも農作業の時期を知るためのものでしかない。農家からすれば重要だったが、ヘムカのは違う。農作業を手伝うこともあるが、母親の仕事は石器や土器などを作る仕事だ。ヘムカも成長すれば、いずれ本業となる。
「何って誕生日だろう。自分の誕生日くらい覚えたほうがいい」
ああ、そうだったとヘムカは思った。
亜人に誕生日に祝う風習はない。しかし、八歳の誕生日は違う。八歳になると、子どもは子どもでなくなってしまい大人になるのだ。
そして、ヘムカは今日八歳になっていた。
「だからこそ、家で宴を開こう。ささやかだがな」
父親は、家族間の空気が重苦しかったとは思えないほど爽やかな笑みを浮かべた。
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