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第二.五章 夏休み編
番外編 影の追懐
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蛍と影人のお泊まり会が終わった、数日後の話。
再び一人きりに戻った影人は、昼過ぎまで寝て、他の人より少し遅い時間に行動を開始する……という、いつもの夜型生活に戻っていた。
自分から言い出した、蛍とのお泊まり会。
蛍にあっちへ行こうこっちへ行こうと振り回され、いつもよりは行動的にならざるを得なかったが――「友達」相手だからこそできた思い出に、どこか悪くないと思う自分もいた。
「………………」
ふと、自分の手に目を向ける。
蛍が家にいる時、寝る時は毎夜彼を隣に置いては腕の中にそっと閉じ込めていた。
未だ、その時の感触や温もりは残っている。自分より少し体温の高い蛍の温もりは、今まで抱いてきた女どもよりは悪くなかったなと影人は回想した。
…………誤解なく言うと、影人と彼は「そういうこと」は一切していないが。
自分と彼とはただの「友達」で、恋人ではない。
けれど、何故そんなことをしたのかと問われても──今の影人に、明確な答えを出すことは不可能だった。
たとえるなら、呼吸をするかのように。
隣に置いては寝転ぶ彼に、無意識のうちに手を伸ばしていた。ただ、それだけで。
(………………友達、か)
馬鹿正直に自分と向き合っている、蛍の姿を思い出しては呟く。
今まで、あんなタイプの人間に出会うことは無かった。それこそ、皆見た目で自分を判断するような奴らばかりで──理想と違えば、離れていく。
幻滅した、がっかりした。そんな奴だと思わなかった。同じ響きをした似たような言葉をつらつらと並べられては離れていく足音を、何度聞いたことだろう。
中には、「もう飽きた」と勝手な理由で次に見つけた人の元へ向かう勝手な奴もいたものだった。
そんな中、高校に入って出会った──純粋で、馬鹿正直な「友達」。
『……ボクと友達になりませんか。きっと、今このクラスでぼっちなのって、ボクらくらいだと思うんですよ』
『……何それ。あぶれ者同士仲良くしようってこと……? 俺になんか得あるの? それ』
『……一人でいるよりは退屈しないと思います! えーと、たとえば……ひ、暇つぶしの相手に最適です! どうですか!?』
お互いに一人だったからと、自分に声をかけてきた見知らぬ男。そんな彼も、自分のことを少し知ればどうせ離れていくだろう。
誰に対しても同じ、影人にとって彼は「友達」は「友達」でも──「上辺だけの」友達だった。
隣にいても、自分は独り。少し自分の周りに音が増えただけ、いつかそれも止むものと思っていたけれど。
『友達としてずっと傍にいて、誰も知ろうとしない彼の姿を見つけたい!!』
『……ボクはずっと隣に居ますよ。アナタがボクを「嫌い」って言うまでね』
── そんな言葉を、確かに耳にした。
与えられた痛みを全身で感じている中、彼はひたすら叫んでいたのを覚えている。
自分にとって影人がどれだけ大事なのか、その想いをひたむきに。
最低だと糾弾されるようなことをする自分の隣に、それでも居たいと叫ぶ馬鹿は恐らく彼くらいだろう。事実、そんなことを言われたのは初めてだった。自分のことを知れば皆離れていく、そればかりであったから。
世間から見たらろくでもない、最低な男と言われるような男と分かった上で、そうしてなお友達でいようとする。
──「黒崎 影人」という存在を、彼はまっすぐ見てくれてるのだろう。他の奴よりは。
そう理解した影人の心には、気づけば少しだけ隙間が出来ていた。
(──そういえばあいつ、願い事書いてたっけ)
夕飯の買い出しのため、家から出た時にふと思い出す。それは、お泊まり会の期間中の事だ。
その時も、今と同じようにスーパーで夕飯の買い出しをしていて。一緒にいた蛍が七夕飾りの前でペンを握り、何か願い事を書いていた。
『何書いたの?』
『え? ……やだなあ、言えるわけないじゃないですか。恥ずかしい』
そう答えるなり、見えづらい位置に短冊を隠した蛍。あの時のやりとりを回想しつつ、影人は短冊飾りの傍へ向かう。
出入り口に少し近い位置、銘菓がずらりと置いてあるコーナーの端には、まだ緑の笹の葉が揺れていた。
色とりどりの短冊が数多く吊される中に手を伸ばし―― 「蛍」の字を探し当てた。
(まぁ、あいつのことだから邪な願いごとなんて書いてないとは思うけど……)
何書いたんだろ、と小さく呟きながら短冊をじっと見つめる。男にしては少し丸っこい字で、彼なりの切実な願い事が、そこには記されていた。
『ボク自身を愛してくれる人が、いつか現れますように』
すとん……と、影人の心の中に、何かが落ちる音がした。
影人の中で、遊び半分でいくつかの予想は立ててはいた。「健康祈願」だとか、「叔父さんと叔母さんが元気でいられますように」だとか、もしくは――「影人さんともっと仲良くなれますように」だとか。
けれど、どの予想も外れてしまったようだ。遊び半分で浮かべていた予想なんか目じゃないくらい、蛍は切実な願いを短冊なんてものに込めていたのだ。
願ったところで叶わない――そう思って、願うことすらしない自分と違って。
(気休め程度とは思うって、言ってたくせに)
そんな風に言いながら苦笑をしていた蛍の姿が、ふと頭をちらついた。
気休めとわかっていながら書くくらいなのだ、彼にとっては何をどうしてでも叶えてほしい願い事だったのだろう。
しばらく、じっと短冊を眺めていた影人。マスクに覆われた口から漏れ出たため息には、今まで他人には全く感じることのなかった感情が込められていた。
「――お前も俺と同じなんだね、蛍」
再び一人きりに戻った影人は、昼過ぎまで寝て、他の人より少し遅い時間に行動を開始する……という、いつもの夜型生活に戻っていた。
自分から言い出した、蛍とのお泊まり会。
蛍にあっちへ行こうこっちへ行こうと振り回され、いつもよりは行動的にならざるを得なかったが――「友達」相手だからこそできた思い出に、どこか悪くないと思う自分もいた。
「………………」
ふと、自分の手に目を向ける。
蛍が家にいる時、寝る時は毎夜彼を隣に置いては腕の中にそっと閉じ込めていた。
未だ、その時の感触や温もりは残っている。自分より少し体温の高い蛍の温もりは、今まで抱いてきた女どもよりは悪くなかったなと影人は回想した。
…………誤解なく言うと、影人と彼は「そういうこと」は一切していないが。
自分と彼とはただの「友達」で、恋人ではない。
けれど、何故そんなことをしたのかと問われても──今の影人に、明確な答えを出すことは不可能だった。
たとえるなら、呼吸をするかのように。
隣に置いては寝転ぶ彼に、無意識のうちに手を伸ばしていた。ただ、それだけで。
(………………友達、か)
馬鹿正直に自分と向き合っている、蛍の姿を思い出しては呟く。
今まで、あんなタイプの人間に出会うことは無かった。それこそ、皆見た目で自分を判断するような奴らばかりで──理想と違えば、離れていく。
幻滅した、がっかりした。そんな奴だと思わなかった。同じ響きをした似たような言葉をつらつらと並べられては離れていく足音を、何度聞いたことだろう。
中には、「もう飽きた」と勝手な理由で次に見つけた人の元へ向かう勝手な奴もいたものだった。
そんな中、高校に入って出会った──純粋で、馬鹿正直な「友達」。
『……ボクと友達になりませんか。きっと、今このクラスでぼっちなのって、ボクらくらいだと思うんですよ』
『……何それ。あぶれ者同士仲良くしようってこと……? 俺になんか得あるの? それ』
『……一人でいるよりは退屈しないと思います! えーと、たとえば……ひ、暇つぶしの相手に最適です! どうですか!?』
お互いに一人だったからと、自分に声をかけてきた見知らぬ男。そんな彼も、自分のことを少し知ればどうせ離れていくだろう。
誰に対しても同じ、影人にとって彼は「友達」は「友達」でも──「上辺だけの」友達だった。
隣にいても、自分は独り。少し自分の周りに音が増えただけ、いつかそれも止むものと思っていたけれど。
『友達としてずっと傍にいて、誰も知ろうとしない彼の姿を見つけたい!!』
『……ボクはずっと隣に居ますよ。アナタがボクを「嫌い」って言うまでね』
── そんな言葉を、確かに耳にした。
与えられた痛みを全身で感じている中、彼はひたすら叫んでいたのを覚えている。
自分にとって影人がどれだけ大事なのか、その想いをひたむきに。
最低だと糾弾されるようなことをする自分の隣に、それでも居たいと叫ぶ馬鹿は恐らく彼くらいだろう。事実、そんなことを言われたのは初めてだった。自分のことを知れば皆離れていく、そればかりであったから。
世間から見たらろくでもない、最低な男と言われるような男と分かった上で、そうしてなお友達でいようとする。
──「黒崎 影人」という存在を、彼はまっすぐ見てくれてるのだろう。他の奴よりは。
そう理解した影人の心には、気づけば少しだけ隙間が出来ていた。
(──そういえばあいつ、願い事書いてたっけ)
夕飯の買い出しのため、家から出た時にふと思い出す。それは、お泊まり会の期間中の事だ。
その時も、今と同じようにスーパーで夕飯の買い出しをしていて。一緒にいた蛍が七夕飾りの前でペンを握り、何か願い事を書いていた。
『何書いたの?』
『え? ……やだなあ、言えるわけないじゃないですか。恥ずかしい』
そう答えるなり、見えづらい位置に短冊を隠した蛍。あの時のやりとりを回想しつつ、影人は短冊飾りの傍へ向かう。
出入り口に少し近い位置、銘菓がずらりと置いてあるコーナーの端には、まだ緑の笹の葉が揺れていた。
色とりどりの短冊が数多く吊される中に手を伸ばし―― 「蛍」の字を探し当てた。
(まぁ、あいつのことだから邪な願いごとなんて書いてないとは思うけど……)
何書いたんだろ、と小さく呟きながら短冊をじっと見つめる。男にしては少し丸っこい字で、彼なりの切実な願い事が、そこには記されていた。
『ボク自身を愛してくれる人が、いつか現れますように』
すとん……と、影人の心の中に、何かが落ちる音がした。
影人の中で、遊び半分でいくつかの予想は立ててはいた。「健康祈願」だとか、「叔父さんと叔母さんが元気でいられますように」だとか、もしくは――「影人さんともっと仲良くなれますように」だとか。
けれど、どの予想も外れてしまったようだ。遊び半分で浮かべていた予想なんか目じゃないくらい、蛍は切実な願いを短冊なんてものに込めていたのだ。
願ったところで叶わない――そう思って、願うことすらしない自分と違って。
(気休め程度とは思うって、言ってたくせに)
そんな風に言いながら苦笑をしていた蛍の姿が、ふと頭をちらついた。
気休めとわかっていながら書くくらいなのだ、彼にとっては何をどうしてでも叶えてほしい願い事だったのだろう。
しばらく、じっと短冊を眺めていた影人。マスクに覆われた口から漏れ出たため息には、今まで他人には全く感じることのなかった感情が込められていた。
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