夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第三章

番外編 影纏う女の独り言

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 ── あんな目をした人間、今までに見たことがない。


 時は遡って、"あの日"──影人と蛍が早退した日の夜。
黒葛原つづらはらは一人、自室のベッドサイドに座ってぼーっとスマホをいじっていた。
 蛍に向けていた太陽の如く輝く笑顔は今や見る影もなく、口もへの字に曲がっている。彼女の脳内は、ずっと一つのことに囚われているままだ。

 それは、今日の午前中に目の当たりにしたある一つの顔──今までで一番「怖い」と身震いした、あの顔だ。


『アナタが影人さんを地獄に堕とそうってんなら──ボクはそれよりもっと深いところにアナタを落としてやる』


 胸ぐらを掴まれ、そんな言葉を蛍に投げられたあの瞬間。
言葉だけなら、別になんでもなかった。ただの脅しとも取れるし、本気でやれるわけがないと高をくくれる。

けれど、黒葛原つづらはらが身震いした理由は──その時の蛍の"目"だった。

(あんなの……普通の男子高校生が向けてくるような目じゃない)


 黒葛原つづらはらには、見えていた。
蛍が目に宿していたのは、真っ黒い"何か"──それも、"純粋な黒"ではなかった。
様々な色をぐちゃぐちゃに混ぜて、そうして出来上がったような"混沌くろ色"だ。

 怒りを向けられているような、悲しみを向けられているような。
けれど、黒葛原つづらはらがそれよりも一番強く感じられたのは──「殺意に似た何か」だ。

 普通に生きていれば、あんな目を他人に向けるわけがない。黒葛原つづらはらの脳内は、今はそれでいっぱいだった。

(マジでブン殴られるかと思った……)

そして彼女は気づいていたのだ。蛍の空いた腕が、僅かに動こうとしていたことに。


 出会った時から黒葛原つづらはらは内心、ずっと蛍を侮っていた。
女である自分に対して挙動不審、手を触れただけで慌てふためき、すぐに顔を赤くするド緊張っぷり。
明らかに女慣れしていない"童貞"だというのが丸わかりで、ちょろそうで。そんな彼が影人の友達だというのは彼女にとって好都合だったのだ。

 あのまま自分のペースに持っていって、じわじわと意識を自分に向けて夢中にさせていけば、あの男──黒崎 影人からいずれは離れていくだろう。
自分とかつてのクラスメイトたちにとっての"仇"である彼に、のうのうと平穏な学校生活なんて送らせてたまるか──そんな憎しみを抱いていた彼女の計画は、あろうことかターゲット自身によって崩されたものだった。

(ただのちょろそうな童貞野郎かと思ったら……思わぬバケモノじゃんか)

 あんなに弱そうな童貞野郎が、自分に対して胸ぐらを掴むどころか殺人鬼のような目を向けてきた──その事実が、黒葛原つづらはらを恐怖へと落とした。
自分も人間だ、今までも誰かを悲しませたり怒らせたりしたことは当たり前にある。
けれど、あんなにも強い感情を向けられたことは、一度もない。

 傷つけられようとした友のための義憤、自分を利用しようとしたことへの怒り。それも、理屈なら理解はできる。
自分も、仲の良い友のために誰かを怒ったことはある。かつての"事件"では、同じように自分も犯人説が濃厚だった影人に怒りをぶつけていた。

(……それにしたって……あいつのあの目、明らかに異常だった)

 思い出すたび、身震いがする。黒葛原つづらはらにとっては、一生忘れられない光景になることだろう。
いくら友達のためとはいっても、あんなにも激しい──殺意に似た感情を向けてくる奴は、中々いない。
あまりにも深すぎる感情に、黒葛原つづらはらは異常性を感じずにはいられなかった。


「…………」

 ふと、スマホを取り出した黒葛原つづらはら。メッセージアプリの画面を開き、「不破 蛍」の文字をタップした。
そのままトーク画面に移行し、素早いフリック動作で文字を打ち込んでいく。

『聞きたいことがあるんだけど』

『あんたにとって、黒崎ってさ』


 ──26文字打ったところで、黒葛原つづらはらはフリックの手を止めた。

「……バッカバカしい」

 「×」キーを長押しして文を削除し、アプリを閉じる。
今ここでいきなり聞いたところで、何になるのだろうか。今日の今日で蛍が自分と話をしてくれるとは思えないし、自分もまだ少し気まずさはある。
彼から見れば、自分は──紛れもなく"悪女"だろうから。


 クラスメイトと話し合って、もう引きずらないと決めたものの……そう時間が経たない今、黒葛原つづらはらの中ではまだ"影人犯人説"は残っている。影人への憎悪も、同じようにまだ根を張っていた。

 もしも自分の思った通り彼が犯人で、大した動機もなくあんなことをしたのだとしたら──彼は、かなりのサイコパスということになる。
そんな感情や考えが未だ残っている彼女の口から出たのは、

「……黒いもん同士、黒崎あんたにとって最高にお似合いの相手トモダチじゃんか」

 ──誰にも漏らせない、そんな一言だった。
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