夜影の蛍火

黒野ユウマ

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短編集

人生十七年に終止符を

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 ──体がふわふわする。心の中も頭の中も真っ白だ。自分が今何をしているのか、はっきりと分からない。そんな感覚に陥っていることだけは分かる。

 ボク、どうしてこんなところにいるんだっけ。
さっきまで、影人さんと一緒にお出かけしていたはずだったんだ。
そう、暗い道の中……影人さんの家に行く途中の道を一緒に歩いていた。

 影人さんの家に泊まりに行った日……そう、そうだ。夕飯の買い出しの帰り際だった。
影人さんと一緒に食べるご飯を作ろうと、影人さんの手を(無理やり)引っ張ってスーパーに行ったのだ。
その帰りに通る道路で、珍しく影人さんが「蛍!」って叫んだものだから、えっ?って言いながら影人さんの方を振り返った──そこで記憶が途切れている。

「ここ、どこだろう……」

 周りを見渡すと、白い雲に青い空、綺麗な緑色の地面──一面のクソ緑、ってどっかで聞いたことあるけど、まさにそんな感じの景色だ。
人工物といえば、目の前にある古風な井戸だけ。どれだけ田舎だったとしても、こんなにも物が無さ過ぎる土地が日本に存在しようものか。

「砂丘とかならわかるけどなぁ……」
「何ブツブツ言ってんのお前」
「ふぁっ!?」

 あれやこれやと思考をぐるぐる回していると、後ろから何だか聞き慣れた声が突然耳に入ってきた。
驚いて後ろを振り返ってみれば──

「……か、影人さん!?」

 ──何か知らんが天使のコスプレをした影人さんが立っていた。

 黒い長袖のTシャツになんかめっちゃオシャレなチェーンがついたズボン、いつものバチバチなピアス姿。
見た目こそ、影人さんそのものだが――頭上には黄色の輪、背には白い羽。なんともベタな格好をしている。

「カゲヒト? 誰それ」
「はい? いや何言ってるんですか影人さん」
「誰かと勘違いしてるみたいだけど、俺カゲヒトって名前じゃないよ」

 はぁ、と呆れたようにため息をつく天使の影人さん。いや、ため息をつきたいのはこっちの方だ。
銀色の髪に赤い瞳、切れ長の目にだるだるとしたイケメンボイス。肌とか服装とかの違いはあれど、どう見てもこれは影人さんだ。
世の中のイケメンたちが血を吐いて卒倒しそうなほど綺麗に整った顔立ちが、何よりの証拠で。ここまで容姿に運が極振りされた男が世界に二人といてたまるか。

「じゃあ、影人さんじゃないなら何なんですか」
「俺? そこに井戸があるでしょ、その井戸の主だよ。井戸の天使。イドエルっていうの」

 ──食生活の偏りと未成年ながらの飲酒喫煙で頭がおかしくなったと捉えていいのだろうか。

「影人さん、寝言は寝て言ってください」
「だからイドエルだって、カゲヒトとか俺知らないし」

 影人さんは冗談めいたことを言ったりいたずらをしたりすることは確かにあったが、ここまで言うことは滅多にない。
何なんだ井戸の天使イドエルって、聞いたことないわそんなん。

「じゃあ百歩どころか千歩一万歩くらい譲って天使イドエルは認めるとして、なんでボクは天使がいるような世界にいるんです? ここは日本のどこなんですか?」
「ここ? あの世とこの世の狭間だよ。その井戸は天国に繋がってんの。……大体は」
「現実逃避が重症化してとうとうそこまでいっちゃったんですか……」
「言っとくけど中二病の類じゃなくてマジだからね」

 影人さん、ではなくイドエルさんが面倒くさそうに真っ白な本を開きながらボクに返答をする。どう聞いても、中二病発症患者の発言にしか聞こえないのだが。
白い本には、ヘブライ語みたいなよくわからない繋がり文字の羅列が記されている。ボクには読めないが、「あー……」なんてだるそうに独り言を言いながら読み進めているイドエルさんにはちゃんと文字として認識されているようだ。

「ついてないね、お前。飲酒運転の車にはねられて即死だってさ」
「はいぃ!? ちょっと待ってくださいよ、即死って……ボク、死んでるんですか!?」
「だから言ったでしょ、あの世とこの世の狭間だって。結構いるんだよね、自分が死んだの自覚してなくてあーだこーだうるさい奴……」

 とりあえずお前もう死んでるから、とバッサリ切り捨てるイドエルさん。こういう物の言い方まで、やっぱり影人さんにそっくりだ。

 しかし……もう死んだとなれば、二度と現世には戻れないだろう。
叔父さんや叔母さん……そして影人さんにももう会えない、ということになるのだ。

 そう思うと、胸がズキズキと痛んで……目頭が熱くなる。
つっかえるような喉の痛みに声も出ず、ただ震えて込み上がる感情を堪えるしか術がない。

 ……最後に思い浮かぶ顔は、やはり目の前にいる天使とそっくりなあの人だった。
あぁ、ボクはまだこんなにも現世に未練があった。死にたいと思ったこともあったけれど、やっぱりまだ生きていたかったんだ。

「あー、お前結構微妙な人生歩んでるなぁ……やらかしてなくもないし、井戸入った先が本当に天国なんだか全然検討つかないよ」
「はは、……そう、ですか。……できれば……現世がいい、んですけどねぇ……」
「それは無理。あっちのお前、もう医者が手を尽くしたってどうにもならなかったから。諦めて俺と一緒にこの中入って、行くべきとこに行くだけだよ」

 これも天使としての仕事だからだろうか、共感だか同情だかが欠片も感じられないくらいの淡々とした声色で返すイドエルさん。
来世ではきっといいことありますよ、なんて中途半端な慰めの言葉すら出てこないあたり清々しい。かえって、この方が諦めがついてスッキリするかもしれない。

「……分かりました。一緒に行きますよ、イドエルさん」

 ──未練はある。でも仕方ない、そうしてしまったのはボクだ。
ろくでもないことをしでかしてしまったボクの人生、こんな風に終わったということは……きっと、罰が当たったんだろう。

 たった十七年の短い人生だったけれど、これで良い。きっと地獄に堕ちることになるだろうけれど、それでも構わない。
ただ、それはボク自身に限った話。一つだけ、心残りがある。

 それは、たった一人の大切な「ともだち」──。

「イドエルさん、一つだけお願いがあります」
「何」
「ボクが行くべきとこに行ったら、現世の……ボクの大切な友達に伝えてください。たった一言でいいので」

 井戸の中に足を入れ、中にかけられていた梯子に足をかける。
その様子を、ただじっと見守っているイドエルさん。ボクは精一杯笑顔を作って、


「──幸せになってください、ってね」





 ── 今までいた世界にさようならを告げる代わりの、「ともだち」への伝言を口にした。




















 ──井戸の中に足を踏み入れた瞬間、ピピピ……という、景色に似合わぬ電子音が鳴る。
その音と共に、視界もじわじわと薄れていき──

「……あれ?」

 次に見たのは、見慣れたベッドの上の光景だった。電子音の正体は、スマホから出るアラームの音。
先ほどまで見ていた緑一色の草原も、青空も、井戸も、天使イドエルさんも、そこにはない。
わけがわからないまま思わず頬を叩いてみれば、痛覚は正常に働いているらしくちゃんと叩いた刺激を感じられている。

「……ボク、生きてる?」

 まるで現実世界で起こっているかのような、嫌になるほどのリアリティさがあったけれど──あれは、夢だったのだろうか……。
ぼーっと考えながらカレンダーとスマホの時計表示を見ると、今日は平日……午前7時15分。

「……あ、学校!!」

 ……のんびり思考を巡らせている場合ではない。ボクは急いでベッドを降り、身支度を始めた。





「影人さん~~~~!! やっぱり影人さんいないと嫌だぁ~~~~!!!!」
「え、何お前……朝からかまちょ?」

 ── 夢の感覚が抜けないまま再会した友達の姿に思わず号泣したのは、言うまでもない。
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