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短編集
xxx or treat
しおりを挟む10月31日――若者や子どもたちが仮装をしながらわいわい騒ぐ、ハロウィンの日。
今まで日本にはイマイチ浸透していなかった海外の祭も、今ではすっかり日本人の楽しみの一つとなっている。
外に出れば、町中や店内はハロウィンモチーフの飾りで溢れている。目にするだけで、いやでも「あぁ、もうそんな時期か」と実感せざるを得ないくらいだ。
そんなハロウィン当日の今日、偶然にも学校休みの土曜日だ。
突然メッセージアプリでくらった呼び出しをきっかけに、今ボクは友達の家へと向かっている。
『今から俺んち来て』
――理由も断りもない、強制的な呼び出し。見た瞬間、あまりの唐突さに一驚したものだ。
なんですか? 何があるんですか? と入れてはみたものの、返ってきた返事はたった一言――
『いいから』
……だった。
「お前に拒否権はない」と言わんばかりのような、短い返信。
影人さんも、意外と頑固なところがある。この調子の影人さんに対しては、多分何を言っても曲がらないだろう。
休みといえど、特別な用事があるわけでもない。そうでなくとも、断る理由もだってない。
仕方なしにボクは「分かりました、今行きます」と返信し、こうして影人さんのもとへと歩みを進めているのだ。
(急に呼び出すなんてなんだろう)
影人さんがボクを呼び出すのなんて、遊ぶ時か何か用がある時くらいだ。多分、今回の呼び出しにも何か意図はある……とは思う。
日が日だし、ハロウィンパーティーでもするのだろうか? そうも思ったけれど、面倒くさがりでだるだるな影人さんがハロウィンだからといって騒ぐようなタチとも思えない。
ただ、影人さんはボクと違ってめちゃくちゃオシャレな男子でもある。だから、仮装くらいはするかもしれないけれど。
(まぁ、行ってみればわかるだろうな)
影人さんが住む、暗い配色のアパート。ドアの前に来たボクは「すみませーん」とインターホンを押した。
いつもだったら、少し待っていれば足音と共に影人さんがドアを開けてくれる――
――はずなのだが。
「あれ?」
――静寂。足音一つ聞こえず、インターホンの音が空しく響くだけの時間が過ぎる。
何度もインターホンを押してみるけれど、返事も反応もない。段々と焦燥感に駆られ、サァ……と血の気が引く感覚がボクを襲う。
もしかして、影人さんに何かあったんじゃ……居ても立ってもいられなくなったボクは合鍵を使い、思いきりドアを開けた。
「影人さん! 大丈夫ですか!?」
ボクが傍にいない時に、とうとうぶっ倒れてしまったのだろうか。
普段の自堕落っぷりを考えると、あながちありえなくもない……ゆえに、どんどん焦りが加速する。
どうか、どうか無事で。激しく鳴る動悸を感じながら、リビングへ――
「影人さ――あああああぁぁああああああああぁぁぁああ!!!???」
――全身を黒い布で覆った埴輪顔の覆面お化けが、リビングの真ん中に立っていた。
◇ ◇ ◇
「お前、びびりすぎ……」
「人騒がせなことするからですよ! マジで心臓飛び出るかと思ったでしょうが!!」
埴輪顔の覆面お化けの正体は、言わずもがな影人さんだった。
もっと詳しく言えば、影人さんによる仮装。特に用件も言わず「いいから来て」で呼んだのは、このためだったらしい。
影人さんの身を案じての胸騒ぎ、からのお化けを見た瞬間の恐怖。あまりの驚きに声を上げたボクを見て、影人さんは肩を震わせている。
この野郎、マジで心配したボクの心を返せ。なんて恨み節を、影人さんの肩を掴む手に目一杯込めておいた。
「ははは……まぁ、それはいいけどさ。……蛍」
「はい? 今度は何ですか」
「トリックオアトリート」
右手を差し出し、しれっと言い放つ影人さん。
それを見たボクは思わず「え」と声を漏らした。
いや、ハロウィンやるなんて聞いてない。何なら何か持ってこいとも聞いてないから、手ぶらなのだけれども。
「だから、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃイタズラするよ」
「えぇ……お菓子なんて持ってませんって。欲しいなら事前に言ってくださいよ」
「事前に言ったらハロウィンにならないでしょ……じゃ、お菓子持ってないってことでイタズラね」
「んな無茶な!」とツッコミを入れようとしたボクの耳に、容赦なく何かをぶち込んだ影人さん。
僅かに耳を塞がれた感触。周囲の音を遮断した「それ」は――影人さんがたまにつけている、お高そうなイヤホンだった。
気付いてみればそのイヤホンは影人さんのスマホに接続されていて、その持ち主はスワイプとタップを繰り返している。
何をするつもりなのだろうか。
そう思ったボクの耳に、突然届いたのは――
『んんっ、あぁ、そこ、もっと、激しくしてぇ、もっと、もっとぉっ』
「あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!゙!゙!゙!゙!゙!゙?゙?゙?゙?゙?゙」
1秒経たず投げ飛ばしたイヤホン。突然耳に入ってきた艶やかな声と吐息に、体温が急上昇した。
目の前にいる埴輪の覆面お化けを見れば、僅かに体がぷるぷる震えていた。覆面で顔が見えなくとも、笑われていることだけは分かる。
「なんつー陰湿なイタズラかましてくれんですかコンチクショウめぇぇぇぇ!!!!」
「お前……本当反応良すぎでしょ、ウブすぎ。ウケる」
「ボクの純情を弄ぶな顔が良いクソ野郎コンテスト万年グランプリ!!!」
肩を思いきり掴み、力一杯揺さぶった。どれだけ感情を込めて揺さぶっても、叫びたくなる衝動が止まらない。
ボクがああいうの苦手なの分かってて用意をしていたのだろう。だとしたら、なんてクソ野郎なのか。
「まだストックあるけど、聞く?」
「いらんわボケェ!!!!!」
来年は絶対にボクが驚かしてやる――そう、心に決めた大絶叫のハロウィンだった。
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