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短編集
一人占の香り
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※「夜影の蛍火」連載前に書いた短編です。
いわばプロトタイプみたいなものなので、設定や関係性など本編と相違があります。
※「痛みの香り」の影人君視点を妄想したものです
お前はきっと、いや絶対に。知らないだろうし、気付いてないだろうね。
俺がやってること全てに対する理由なんて、これっぽっちも。
「影人さん、あの」
ある日の登校中。俺の顔を覗き込みながら、改まったように尋ねてくる。
少し近い距離で見る蛍の顔は、周りから「可愛い~」と持て囃されてる奴よりも、ずっと可愛い。
普段特別何かがない限り滅多に動くことがない心を動かすには、十分な素材だった。
……そう思うようになったのは、つい最近のことなのだけれど。
「もしかして……なんか、つけてます?」
――あぁ、気付いたか。そう思った瞬間に、口角が少し上がってしまう。
蛍の言う「なんか」は、俺が今つけている香水のことを指しているのだろう。すんすん、と蛍が匂いを嗅ぐ音が僅かに聞こえてくる。
「……気づいた?」
「そりゃあ、勿論。先週の金曜日まではそんなのつけてなかったじゃないですか、珍しい」
不思議そうな表情を浮かべて、蛍が言う。クラスの誰より俺のことを深く知っている「友達」だからこそ、蛍の口から「珍しい」という言葉が出てきたと思うと、思わずにやけてしまいそうだった。
香水なんてものは、ずっとつけずに過ごしてきた。俺の顔に惹かれてやたらと寄ってくる女達から、ずっと感じていたからだ。
それこそ、「臭い」とストレートに言葉を投げつけたくなるほどに。世間一般の言葉を借りるなら「嫌というほど」に。
蛍はそれを知っている。蛍だけが知っている。クラスの奴らは、誰も知らない。
――俺が、蛍にしか教えていないから。
「でしょ……悪くない匂いだと思うんだけど」
「そうですね~、これくらいほんのりとした香りなら寧ろ良いかもしれません。けど、急にどうして…………」
うーん、と考え込むように顎に手をやる仕草を見せる。
俺が香水を嫌っているのを知っている蛍からしたら、確かに不思議だろう。
けど、理由は俺からは言わない。一応、言わない理由も……ある。
蛍は、どう捉えるのだろう。敢えて俺からは何も言わず、蛍の言葉を待った。
「あっ! もしかして、誰か好きな女でも出来たんですね!? そんな香りで気を引こうとするなんて、この色男~!」
からかうように、子どものような笑顔を浮かべながら俺の肩をつつく蛍。
そういう風に、見当違いなことを言うのは予想していた。けれど、いざ実際に言われてしまうと――なんとも言えない気持ちになる。
好きな子というのは、確かにいる。けれど、「女」じゃない。
俺が、今まで避けてた香水をつける理由になった奴は、今目の前にいる――。
…… …… 言えるわけがない。 まだ、言えない。
「……えぇと、すみません」
「……別にいいよ」
何も言わずにいたら、蛍は勝手に謝って勝手につつくのをやめた。
それからというもの、蛍は今日提出予定の宿題の話だとか、今週の日曜に開催されるゴミ拾いの話だとか、当たり障りのない日常会話を投げかけてきた。
香水については、その日はそれ以降全く触れることなく終わった。……ある意味、それはそれで助かるのだけど。
お前はきっと、いや絶対に。知らないだろうし、気付いてないだろうね。
お前の予想、半分は当たってるよ。けど、「女」じゃないんだ。
俺が香水をつけようと思ったのは、初めて独り占めしたいと思える奴が出来たから。
どんなに俺より良い奴が出てきたって、取られたくないと思える奴ができたから。
―― 一番記憶に残る「匂い」をつけて、誰よりも深く俺の存在を刻み込んでやりたいと思える奴ができたから。
この世界で一番近い場所にいれば、きっとこの匂いも移るだろう。
そうしてまで、俺が欲しいと思ったのは誰でもない、たった一人の「友達」――。
(お前だよ、蛍)
いわばプロトタイプみたいなものなので、設定や関係性など本編と相違があります。
※「痛みの香り」の影人君視点を妄想したものです
お前はきっと、いや絶対に。知らないだろうし、気付いてないだろうね。
俺がやってること全てに対する理由なんて、これっぽっちも。
「影人さん、あの」
ある日の登校中。俺の顔を覗き込みながら、改まったように尋ねてくる。
少し近い距離で見る蛍の顔は、周りから「可愛い~」と持て囃されてる奴よりも、ずっと可愛い。
普段特別何かがない限り滅多に動くことがない心を動かすには、十分な素材だった。
……そう思うようになったのは、つい最近のことなのだけれど。
「もしかして……なんか、つけてます?」
――あぁ、気付いたか。そう思った瞬間に、口角が少し上がってしまう。
蛍の言う「なんか」は、俺が今つけている香水のことを指しているのだろう。すんすん、と蛍が匂いを嗅ぐ音が僅かに聞こえてくる。
「……気づいた?」
「そりゃあ、勿論。先週の金曜日まではそんなのつけてなかったじゃないですか、珍しい」
不思議そうな表情を浮かべて、蛍が言う。クラスの誰より俺のことを深く知っている「友達」だからこそ、蛍の口から「珍しい」という言葉が出てきたと思うと、思わずにやけてしまいそうだった。
香水なんてものは、ずっとつけずに過ごしてきた。俺の顔に惹かれてやたらと寄ってくる女達から、ずっと感じていたからだ。
それこそ、「臭い」とストレートに言葉を投げつけたくなるほどに。世間一般の言葉を借りるなら「嫌というほど」に。
蛍はそれを知っている。蛍だけが知っている。クラスの奴らは、誰も知らない。
――俺が、蛍にしか教えていないから。
「でしょ……悪くない匂いだと思うんだけど」
「そうですね~、これくらいほんのりとした香りなら寧ろ良いかもしれません。けど、急にどうして…………」
うーん、と考え込むように顎に手をやる仕草を見せる。
俺が香水を嫌っているのを知っている蛍からしたら、確かに不思議だろう。
けど、理由は俺からは言わない。一応、言わない理由も……ある。
蛍は、どう捉えるのだろう。敢えて俺からは何も言わず、蛍の言葉を待った。
「あっ! もしかして、誰か好きな女でも出来たんですね!? そんな香りで気を引こうとするなんて、この色男~!」
からかうように、子どものような笑顔を浮かべながら俺の肩をつつく蛍。
そういう風に、見当違いなことを言うのは予想していた。けれど、いざ実際に言われてしまうと――なんとも言えない気持ちになる。
好きな子というのは、確かにいる。けれど、「女」じゃない。
俺が、今まで避けてた香水をつける理由になった奴は、今目の前にいる――。
…… …… 言えるわけがない。 まだ、言えない。
「……えぇと、すみません」
「……別にいいよ」
何も言わずにいたら、蛍は勝手に謝って勝手につつくのをやめた。
それからというもの、蛍は今日提出予定の宿題の話だとか、今週の日曜に開催されるゴミ拾いの話だとか、当たり障りのない日常会話を投げかけてきた。
香水については、その日はそれ以降全く触れることなく終わった。……ある意味、それはそれで助かるのだけど。
お前はきっと、いや絶対に。知らないだろうし、気付いてないだろうね。
お前の予想、半分は当たってるよ。けど、「女」じゃないんだ。
俺が香水をつけようと思ったのは、初めて独り占めしたいと思える奴が出来たから。
どんなに俺より良い奴が出てきたって、取られたくないと思える奴ができたから。
―― 一番記憶に残る「匂い」をつけて、誰よりも深く俺の存在を刻み込んでやりたいと思える奴ができたから。
この世界で一番近い場所にいれば、きっとこの匂いも移るだろう。
そうしてまで、俺が欲しいと思ったのは誰でもない、たった一人の「友達」――。
(お前だよ、蛍)
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