夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第六.五章 高校最後の夏休み

第一話 計画

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 高校三年生になってから、早3ヶ月。千万ちよろずさんとのゴタゴタも相まって、本当に月日の流れが早いように感じられる。
加えて、高校三年生といえば「受験生」でもある。今までのようにのんびり遊んでいられる時間も、もう少ないはずだ。

「眠い」
「寝るなクソ美顔男子! 今年の期末テストで赤点回避ギリギリはさすがにまずいんですから!」
「そうよクソ崎、留年したら不破君に置いていかれるのあんたなんだからね」

 今日は土曜日。影人さんの家――もとい、三栗谷先生の家でテーブルを囲み、期末テスト勉強会を開いている。メンバーは僕、影人さん、窓雪さん、黒葛原つづらはらさんだ。
高校二年生までは「とりあえず赤点さえ回避と平均点を超えてさえいれば」と思っていたものだが、今は高校生最後の一学期。
来年度以降は大学受験や就職活動を控えているのだ。勉強しておいて損はないと思うし、いざ進路を決めたとしてもある程度の学力があれば困ることはないと思う。

「この時期はみんな必死だもんね。テストの点数ももしかしたら影響するかもしれないし」
「将来のことも視野に入れなきゃいけない時期じゃない。進学なり就職なり、さ。不破君と黒崎は何か考えてんの?」
「何も考えてない」
「恥ずかしながらボクも全く……」

(……進路かぁ)

 勉強する手はそのままに、ふと思いを馳せる。高校を卒業した先には、もう決まった道などない。
今までは両親や周りの大人が導いてくれていたから安心して毎日を生きることが出来ていたけれど、いつまでも導き手がいるわけではない。
今度は自分で考え、行動し、結果を出していかなければいけないのだ。そう思うと、少しだけ頭が痛くなる。

 僕は将来どんな人間になりたいのか。その明確な答えは、未だに出せずにいる。
今年の春に配られた進路希望も、未だに「未定」の二文字を綴ったまま。さすがに担任も困り果てたようで、「そろそろ本腰入れないと泣きを見るぞ」と忠告してきたくらいだ。

(希望としては、進学……ではあるけど……)

 大学には行きたい。しかし、「ただなんとなく大学に行く」のだけは避けたい。そう、ふんわりとした希望なら頭の中にある。
けれど、あと一歩。具体的にやりたいことや学びたいことが未だに浮かばず、こうして勉強だけを頑張る日々が続いている。
叔父さんと叔母さんはボクを応援するとは言ったが、大学だって安くはないのだ。どうせ行くのならきちんと考えて進学しなければ、何も実を結ばず終わってしまうだろう。

 何も決まっていない今なら、どうとでも考えられる。……そう、思ってはいるのだが。

(どうやって考えたらいいんだろう……)

 そんなことを一人密かに悩みつつ、ボクはひたすら問題を解いていた。



◇ ◇ ◇



「皆の者、そろそろ一区切りつけたらどうじゃ?」

 あれから、一時間は経っただろうか。四人分のオレンジジュースとカゴに入った茶菓子を持った三栗谷先生が部屋に入ってきた。
時刻を見てみれば、ちょうど15時を回っている。世間一般で言うおやつの時間だ、休憩時間にはちょうどいいだろう。

「そうね、根詰めても疲れちゃうだけだし」
「ありがとうございます、先生。よし、休憩しよ!」

 窓雪さんの声を皮切りにして、全員がシャープペンシルを置いたり教科書を閉じたりする音がした。それを確認するや否や、三栗谷先生がジュースを配り、カゴを中央に置く。
いただきます、と告げるなり黒葛原つづらはらさんや窓雪さんは遠慮なしにお菓子を頬張り始めた。ボクもクッキー一つ取って口に含んだが、影人さんだけはマイペースにスマホをいじり始めている。

「皆はもう進路は決まったのか?」
「あたしは一応、専門か大学に行こうかな~って思ってる。服飾の」
美影みえちゃん、デザイナーにでもなるの?」
「ん~、ナイショ。ケイちゃんは?」

 興味津々に瞳を輝かせながら、黒葛原つづらはらさんが尋ねる。その問いにすぐ答えを出せたのは、窓雪さんだけだった。

「色々悩んだけど、食べる事が大好きだから料理系の学校行こうかなって思ってる! 自分でもたくさん美味しいご飯を作れるようになって、それをお仕事にできたらいいな~って!」
「あはは、ケイちゃんがそれって何となく意外かも?」
「しかし、そういった料理系の職種は割と幅が広いからのう。食うに困ることはないかもしれんぞ? ……して、不破と影人はどうじゃ?」

 三栗谷先生の問いに、数秒の沈黙が流れる。
影人さんは無言だし、ボクも「えぇっと……」という迷いの声しかあげられない。
先ほども述べたが、ボクらは二人して進路のしの字も決まっていない。ボクはまだ「未定」だし、恐らく影人さんも進路希望調査票は真っ白……だろう。

「ひとまず適当なところに見学の申し込みはしてみたんですけど、あまりパッとしなくて……本当に「とりあえず行ってみよう」っていうだけで、期待も何もないんですよ。そろそろ決めなきゃいけないのは分かってるんですけどね……」
「ふむ。まぁその「とりあえず」が自ずと形になる場合もあるが……確かに今は高校三年生の夏休み手前。そろそろ決めないと冬に泣きを見るかもしれないのう」
「……はい」

 三栗谷先生の言葉が、ぐさりと刺さる。先生もこういった時期を乗り越えて来たであろう大人だ、説得力が余計にすごい。
隣にいる影人さんも黙り込んでスマホをいじり続けてはいるけど、どう考えているかは分からない。

 ただでさえ勉強に追われているというのに、進路すら決められないなんて、一体ボクは何をやって―――……。

「……しかし。将来のことを考えすぎて自らを追い詰めてしまうというのも、また考えものじゃな。そう思わぬか?」

 そんな時。不意打ちのように、先生が僕へ話を振ってきた。驚いて顔をあげると、そこには優しい微笑みを浮かべた先生の表情があった。
一瞬ドキリとしたが、すぐにその言葉の意味を理解する。

「……えっ? は、はい。そ、それは……どういう意味です……かね?」
「ふむ。別に、難しい意味はない。少しは肩の力を抜いてみてもいいのではないか、と言いたかったのだ」

 そこでだ、と言いながら三栗谷先生が手を組みながら口を開けた。

「進路や受験勉強で追われている最中ではあるが、最後の夏休みに少しだけ羽を伸ばさぬか?」
「……え?」
「わしの知り合いに、ホテルのオーナーを務めている者がおっての。新しくできたホテルに宿泊してみないかと招待されたのじゃよ」

 そう言って三栗谷先生が出してきたのは、いかにも真新しいであろうホテルのパンフレットだ。三栗谷先生の知人らしきオーナーが笑顔を浮かべた写真と、背景に見える海がとても印象的だ。
三栗谷先生の住むマンションほどの高さはあるであろう真っ白な建物は、見るからに高級感を漂わせていた。

「夏の風物詩たる海も見える場所じゃ。この近辺には有名な神社もある故、夏らしい思い出を作りたいならぴったりの場所と言えるだろう」
「えーっ、すごい! でも、このホテルってめっちゃ割高なんじゃ……」
「それなら安心するが良い。既にあやつから優待券をいただいておるでの、通常ならこの人数で12万はかかるところを7割引で3万6000円じゃよ」
「めっちゃ安いじゃないですか……」
「曰く付きとかじゃないよね?」

 優待券効果とはいえ、あまりに破格すぎる。それには黙り込んでいた影人さんも突っ込まずにはいられなかったのだろう。
そんな影人さんの気持ちを察してか、三栗谷先生は「大丈夫じゃ」と苦笑を浮かべる。

「病院で勤めていた時代、入院してた元患者での。あの時の礼がしたいからと送ってきた代物なのじゃ」
「そうだったんですね……でも、こんな時期に遊びになんて……」
「ストイックなのも良いかもしれぬが、焦ってばかりでは良い結果もついて来ぬものじゃよ。少し現実から離れれば何かしらの考えが生まれるはずじゃ」
「なるほど……? ……まぁでも、せっかくなので行ってみたいですね。今のままだと多分勉強詰めになってしまうと思うので」

 そればかり考えず、息抜きとして旅行に行ってみるのもありなのかもしれない。二泊三日ならさほど長い時間ではないし、一休みするにはちょうどいいだろう。
唯一影人さんだけは「えぇ……」と不満を漏らしていたが、その声も黒葛原つづらはらさんのヘッドロックによりすぐかき消されてしまったのだった。

「では、決まりじゃな。日程は……そうじゃな、影人の方にメッセージを入れておいてくれれば良かろう」
「えぇ……自分で送ってもらえばいいじゃん、お前も携帯あるんだし」
「ははは。教師という立場上、生徒と個人的に連絡先を交換することは出来ぬのだ。主は身内じゃから別だが」

 そう言って笑顔を浮かべる三栗谷先生に、重い溜息をつく影人さん。
しかし、先生の言い分も一理ある。みんなに平等であるべき先生が、ボクや窓雪さんたちと個人的に連絡を取るのは確かに御法度だろう。
特に窓雪さんや黒葛原つづらはらさんは女子だ、下手に連絡を取り合っていると知られたらあれこれ疑われてしまうことかもしれない。

「私は塾の夏期講習があるから、その予定を見て黒崎君に連絡するね」
「あぁ……うん」
「今年は受験勉強漬けになるかな~って思ったけど、思わぬイベントが舞い込んできたわね!」
「はい、すごく楽しみです」
「うむうむ。進路をどうとでも考えられるのも今のうちじゃが、こうして青春できるのも今のうちじゃからな」

 旅行の話題で(一部除いて)少し気分が浮き上がったボクらに、三栗谷先生が優しい微笑みを向ける。それはボクを優しく見守る叔父さんや叔母さんと同じような、子を見守る優しい親の目だった。

 高校最後の夏休み、どんな思い出が作れるのか。その期待に、ボクは胸を踊らせていた。
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