夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第六.五章 高校最後の夏休み

第四話 二人きり?

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 ボクと千万ちよろずさん、そして影人さん。謎の攻防戦は、新幹線の停車と共に終わりを告げる。
荷物を持って新幹線から降りるなり、ぐいっとボクの腕を引く引力を感じた。

「蛍」

 ボクの腕を思いきり引いたのは――銀髪赤目の美男子である恋人。不愉快そうに眉間に皺を寄せ、ぐいっとボクの身を引き寄せている。
近くなった距離と服越しに感じる体温に、ボクの心臓は高鳴っていた。

(こういう状況じゃなければもっと良いんだけど……)

 影人さんの視線の先にいるのは、千万ちよろずさん。先程までボクの近くにいた彼に、親の仇を見るかのような目付きでじっと睨んでいる。
冗談なのか本気なのか……千万ちよろずさんが変なことを言ったばかりに、影人さんのご機嫌も最悪だ。

「蛍、もう千万 光あいつに近寄らないでよ」
「え、えぇ……まぁ、万が一変なことされそうになったら避けますけど」
「いっそ近付いてきた時点で目潰ししていいと思う」

 ……いつもより声色もテンションが低い。いつもなら感情を表に出さない影人さんがここまでになるということは、ボクと千万ちよろずさんの絡みは相当堪えたのかもしれない。
まぁ、ボクだって逆の立場になればこれくらいはなったかもしれない。もし影人さんが知らない人に「俺に乗り換えない?」なんて尋ねられているのを聞いたらボクだって嫌な気持ちになるはずなのだ。

「影人さん」
「何」

 千万ちよろずさんが投げてくる冗談(であろう言葉)に上手く対処できていないボクが言うのもなんだが、何を言われても流されるつもりはない。ボクにとっては影人さんが一番大切な人なのだ。

「大丈夫ですよ、何があってもボクは影人さん一筋ですから」

 少しでも安心してほしい。そんなことを考えながら、影人さんの手を握る。それが効いたのかは分からないが、影人さんの表情が幾分柔らいだ気がした。



「……あーあー、お二人さん。お熱いところ申し訳ないけど、あたしらのことも忘れないでよー?」
「あはは……羨ましいなぁ、仲良しって」
「うむ、二人を見ているとなんだか心が和むのう。影人に良き友が出来てわしは本当に嬉しいぞ」

 手を握り合うボクらを見て、三者三様の反応を示す皆さん。
呆れたようにじと……とした目を向けてくる黒葛原つづらはらさん、苦笑する窓雪さん、そして本当に微笑ましそうに笑みを浮かべる三栗谷先生。
……多分、三栗谷先生だけは本当に知らないのかもしれない。ボクらが恋人同士だということを。まぁ、むしろ知っていてあの反応だったとしたらそれはそれで恐ろしいけれど……。

「いいな~、俺も蛍君と手ェ繋ぎたぁい」
「は? 百億積まれてもお前には絶対触らせないから」
「あっはは、ひどいな~影人ってば」

 ……影人さんの眼光が鋭くなる。千万ちよろずさんが一歩近付いた時、ボクの手を握る影人さんの力が強まったような気がした。
千万ちよろずさんと影人さんの間に火花が見える……ような気がするのは気のせいだろうか。

「……とりあえず、行きましょうか」
「そうね」

 ボクの言葉を皮切りに歩き出した一同は、そのままホテルへと足を進めた。



◇ ◇ ◇



 駅から歩くこと10分。ホテルに辿りついたボクらはチェックインを済ませると、それぞれの部屋へと向かうことになった。
部屋割りのくじ引きも一応は用意されていたようだが、影人さんの機嫌をこれ以上損ねることを恐れた窓雪さんは「仕方ない」と言いたそうな表情を浮かべながら鞄の中にしまい込んでいた。
……「一生恨む」とまで言われてしまっていたのだ。それが賢明な選択だろう。

「行くよ、蛍」
「あ、はい……」

 三栗谷先生が予約した部屋は、ツインルーム三部屋。ボクと影人さん、窓雪さんと黒葛原つづらはらさん、千万ちよろずさんと三栗谷先生……という三組に分かれて部屋に泊まることとなった。
千万ちよろずさんはここでもまた「蛍君と一緒の部屋がいいな~」と言っていたが、三栗谷先生以外のメンバーが全力でそれを阻止して今に至る。

(……それにしても、本当すごい綺麗なホテルだなぁ)

 パンフレットの写真では見ていたものの、実際に目にするとその豪華さに圧倒されてしまう。外観だけでもかなり高級感のある建物だったが、
内装も外観に負けてはいない。むしろそれ以上だ。

 案内された部屋に入ると、目に入った景色を見て思わず感嘆のため息が零れる。

「すごいですね……」

 部屋の扉を開けるなり視界に飛び込んできたのは、大きな窓から見える景色。
一面に広がる海と空。そして――太陽の光を浴びてキラキラ輝く水面がとても美しい。まるでこの世のものではないかのような光景に、ボクはしばらくの間見惚れていた。

「影人さん、見てくださいよ。海、すごく綺麗ですよ」
「あぁ、うん……そうだね」
「もう、ちゃんと見てくださいって。ボクら普段は街中にいるんですから、滅多に見られないこの景色を楽しみましょうよ!」

 どことなく生返事な影人さんに、ボクは窓の外を指し示しながら言う。
こんなに素晴らしい景色だというのに、影人さんはあまり興味がなさそうにしていた。

 ……いや、もしくはそれどころではないのだろうか。やっと二人きりになれたというのに、声色がどことなく暗いのが気になる。

「影人さん」
「……」
「影人さんってば……」

 ベッドに座ってスマホをいじり始めた影人さんに近付く。さすがに状況が状況なだけに、今の影人さんを放っておくことはできなくて。
とりあえず、できることならどうにかしたい――そう思いながら、影人さんの隣に腰掛ける。

「……蛍」
「はい? なんです――」

 か……と言う前に、ぐるりと視界が反転する。突然の出来事に目をぱちくりさせていると、目の前には天井と影人さんの姿が映った。

「え……影人、さん……?」
「……」

 何も言わず、影人さんはボクの首筋へ顔を埋める。
首筋に触れる髪の毛がくすぐったくて身を捩るが、影人さんは気にせずボクを抱き締めてきた。
抱きしめる力が強くなるのを感じながら、ボクはそっと彼の背中に手を伸ばす。

「…………」

 言葉も交わさない、静寂。そこにあるのは服越しに感じる体温と、抱きしめ合う感触。
……ただそれだけなのに、胸が高鳴ってしまう。心臓の鼓動が速くなっていくのを、強く感じている。

 そうして抱き合って数分、体が離れるなり目と目が合った。

「……蛍」

 静かに名前を呼ばれると同時に唇を奪われる。触れるだけのキスなんて何度もしてきたはずなのに、今はなんだかいつも以上にドキドキしてしまう。
いつもと違う環境だからなのか、千万ちよろずさんと色々あった後だったからなのか。……わからないけれど。

「んっ……」

 角度を変え、舌先が触れ合う。ぬめりとした感覚が伝わり、背筋がぞくりと震えた。
……あぁ、ダメだ。頭がぼうっとする。思考が上手くまとまらない。

 もっとしてほしい――そんなことばかり考えてしまう自分が恥ずかしくなる。

「ふ、ぅ……かげ、ひと、さ……」

 息継ぎの合間に名前を呼ぶ。影人さんもボクも互いに呼吸を荒くして、それでもなお口付けを交わし続ける。
そうしているうちに影人さんの手がボクのシャツの中に入り込み、脇腹に触れ――



「影人、不破。これから皆で海に行くのだが、一緒にどうじゃ?」


 ……ドア越しに聞こえた三栗谷先生の声に、影人さんの舌打ちが重なった。
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