やみーず

黒野ユウマ

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奏芽の話

嫌い、嫌い、大嫌い

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「よぉ」
「あっ! 来てくれたんだね、梓御しおんお兄ちゃん!」


 俺には、5歳年下の可愛い従弟がいた。名は、奏芽かなめという。
 人懐っこくて、いつも花のような笑顔を浮かべていて。傍にいると落ち着く、和やかな雰囲気を纏っている。

 奏芽は、昔から体が弱く病気がちだった。外で思い切り遊んでいたところを見たことなんて、片手で数えられるほどしか記憶にない。
 そのうえ最近大病を患ってしまい、そう長くは生きられないと医者に宣告をされてしまった。
 まだ、12歳なのに…もっとやりたいことも、将来叶えたい夢も、あっただろうに…。
 健康体で、普通に学校に通って、普通に友達と遊んでいる俺からしたら、全く考えられない重みがあいつにはある。

「今日も学校に行ってきたの? それにしては早いね?」
「おう。今日はテストだけだったからな、さっさと終わらせて帰って来たんだぜ」
「へぇー、テストかぁ……」

 けれど、それでも奏芽は笑顔を絶やさなかった。見舞いに来た俺をいつも笑顔で迎えてくれて、今までと同じように俺に懐いてくれて。
 いつ死ぬかもわからない中で生きているというのに、なんと健気な奴なのだろうか。
 ただ毎日を何気なく過ごしている俺からしたら、奏芽は本当に凄い奴だ。辛いかもしれないのに泣き言も言わずに、いつも笑顔で俺と接してくれる。

「いいなぁ…僕も学校行きたかったなぁ…」
「奏芽…」
「僕…もう長くないもんね。一年も生きられないんだって、お医者さんから聞いちゃったもん」

 しゅん、と奏芽が項垂れる。奏芽が呟いた望みは、今の俺が普通にこなしていることだった。
 ……そうだ。奏芽はもう学校に行くことすら叶わない。もう、長くは生きられない身なのだから。
 あとの数ヶ月は……恐らく、この病院で過ごすことになるのだろう。

 思えば、"学校に行く"ということは…今の奏芽にとってはメリットが多い。
 学校に行けば勉強を教えてもらえるし、友達も沢山作ることが出来る。学校には動物もいるから、それらと触れ合う体験も出来る。
 こんな退屈な病院生活より、ずっと良いだろう。

「奏芽」
「なぁに? 梓御お兄ちゃん」
「欲しいものとかあったら、何でも言ってくれよ。高いものだろうが何だろうが、何が何でも手に入れて、奏芽の元に持っていくからな」
「本当!?」

 頭を撫でながら俺が言うと、奏芽は目を輝かせて笑顔を浮かべた。
 それにつられて、俺まで笑ってしまう。本当に奏芽は可愛い奴だ。
 この笑顔が見られるなら、俺は何だってやれるし、何だってしてやりたい。

「あぁ、本当だ。奏芽のためなら何でもやってやるぜ?」
「ありがとう! 本当に梓御お兄ちゃんは優しいね! ふふ、僕ね、そんな梓御お兄ちゃんが――」



「大嫌い」



 その一言と共に、奏芽から可愛らしい笑顔が消えた。代わりに現れたのは、まるで狂人のような、歪んだ笑顔。
 奏芽の頭を撫でていた手も、驚きのあまり動きがピタッと止まる。
 ……今、こいつは、何て…?

「……かな、め?」
「ふふ、梓御お兄ちゃん驚いてる? 驚いてるよね! そこまで驚いた顔、見たことないもん!」
「あ、あぁ……びっくりしたよ。奏芽、お前いつの間にそんな冗談を言う様に」
「言っとくけど冗談じゃないよ?」

 『冗談じゃない』 歪んだ笑顔を浮かべたまま、ピシャリと言い放った。

「今までは僕のお母さんとお父さんと仲良くしてくれるおばちゃん達との関係も気にして言えなかったけどね、本当は僕梓御お兄ちゃんのこと大嫌いだったんだよ」
「嫌い……?」
「そうだよ? 僕、いつ梓御お兄ちゃんのこと好きって言った? 僕は梓御お兄ちゃんのことこれっぽっちも好きじゃなかったよ?」

「梓御お兄ちゃんは学校にも行けて、友達もいっぱいいて、毎日楽しそう。それに、お勉強もすっごく出来るんでしょ? 今行ってる学校だって、とっても良いところなんでしょ? 僕のお母さんがね、いつも言ってたよ。梓御くんは凄いんだよって。」

「それに比べて僕は、お外で遊ぶことなんて全然出来なくて、学校にも行けなくて、友達もいない。それだけじゃない、今までだって散々だったのに今度はいつ死ぬかもわかんない体になっちゃった。僕は梓御お兄ちゃんに比べて、何一つとしていいことがないし、いいところもない、自慢できるところもない」

「梓御お兄ちゃんは僕のこと可愛がってくれてたよね? 今さっきみたいに頭撫でてくれることもあったし、僕がもっと小さい頃は、本を読んでくれたこともあったよね。でもね、僕はそれすらも嫌だったんだよ。梓御お兄ちゃんにやってもらっているっていうことが吐くほど嫌だった」

「いいよね。梓御お兄ちゃんは僕よりずっと元気だから僕みたいな大きな病気と無縁で。僕と梓御お兄ちゃんの差は目に見えてわかるよ。梓御お兄ちゃんの方がずっと上。梓御お兄ちゃんは僕を可愛がっていたつもりだけど、ほんの少しでも哀れみの気持ちはあったでしょ?」

「だって、僕のお母さんとかおばさんとかがそうだったもん。みんな梓御お兄ちゃんのことばっかり褒めて、僕のことは全然褒めてくれない。梓御お兄ちゃんみたいに、買ってあげるとか、~してあげるとか、そんな上から目線の話ばっかり。まるで僕が可哀想な人間みたいな扱いばっかり」

「みんなや梓御お兄ちゃんの望む「僕」を一生懸命演じてきたけど、もう限界だよ。どうせもうすぐ死んじゃうんだ、だからもう隠さずに言うことにしたよ。梓御お兄ちゃんのこと、本当に大っ嫌いでずっと憎かったってね!」

「他人事のように可哀想、可哀想って言われる、思われるなんてもううんざり。本当の気持ちを押しつぶして頑張ってみんなに笑顔浮かべてやってる僕を「健気な子」だって? ふざけんな! 泣いたら泣いたでみんな馬鹿みたいに困るだろうから笑顔浮かべてあげてただけなんだよ!」

 奏芽は、長いこと溜めていた思いを口走る。俺が口を挟む隙すら与えないほどに。
 俺はただ、今まで見たこともない表情を浮かべて思いを語る奏芽を呆然と見ていることしか出来なかった。
 俺が今まで見てきた奏芽全てを否定する、奏芽自身の言葉。それらは全て、俺の知る奏芽をことごとく破壊していく。

「……そうだ。梓御お兄ちゃん、さっき言ったよね? 欲しいものは何でもあげるって…」
「あ、あぁ……」
「だったらね、僕どうしても欲しいもの…っていうか、梓御お兄ちゃんにしてほしいことがあるんだぁ」

 ニタァ、と口角を上げて奏芽は俺に言った。

「僕が生きたかった分を、梓御お兄ちゃんが生きて。あぁでもね、幸せになっちゃ駄目。ずっと、ずっと、不幸でいてほしいんだ。僕が死んだ後も、ずっとずっとね。僕が欲しいもの、何でもくれるんでしょ?」

「僕が欲しいものはね、一番大嫌いな梓御お兄ちゃんが苦しんでくれること。苦しみながら、生きてくれること。それも、幸せのない世界の中でね」

「ね、僕のこと可愛がってくれてた梓御お兄ちゃんなら、僕のためにやってくれるよね?」

 ……奏芽は、こんな奴だっただろうか。こんな、悪魔のような笑みを浮かべて、残酷な言葉を放つ子どもだっただろうか。
 それとも……やはり、俺や周りの奴が知らなかっただけだろうか……これが、奏芽の本当の姿なのだろうか?
 そんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、奏芽はただひたすらに笑みを浮かべて俺を見ているだけだった。



 それ以来、俺は二度と奏芽の見舞いに行くことはなかった。
 奏芽の名前を聞くことすら苦しくなってしまった俺は、あれから一切奏芽関連の話を聞かないようにしている。
 
 今頃、どうしているのだろう。もしかしたら、もう死んでしまっているかもしれない。まだ生きているかもしれない。
 ただ、まだ生きているとしても……葬式に顔を出すことなど、できないが。
 なぜなら、俺はあいつにとって一番嫌いな「梓御お兄ちゃん」なのだ。そんな奴が葬式に来られては、奏芽も成仏などできないだろう。
 一番嫌いな奴の顔など、成仏する時くらいは見ない方が良いのだ。


『僕が生きたかった分を、梓御お兄ちゃんが生きて。あぁでもね、幸せになっちゃ駄目。ずっと、ずっと、不幸でいてほしいんだ。僕が死んだ後も、ずっとずっとね』

 あの日以来、俺は最後に奏芽言われた言葉を守るように、その言葉に取り憑かれたように、自らを茨の道に落として生きている。
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