2 / 4
1章
#2 雨の嘲笑
しおりを挟む
「謎の雨に……死亡者が続出……?」
そんなことを不可解な文章を口に出して読み上げる。
いやいやまさか、そんなことあるわけが無いだろう。
「……いやいや、嘘に決まってるでしょ!そんな話……!」
「…………外、誰も居ないな。」
そう青に言われて、ハッとしたように外を見る。
……確かに、誰もいない。
いつもならこの時間でももうちょっと人が居るはず。
その時私は今までのおかしかったことを思い出す。
……そもそも、あんな時間まで残っていたら、見回りの先生が注意にやってくるはず。
いつもなら帰れよ、といってくる先生が今日はいなかった。
…………いやでも、そんなのただの偶然に過ぎないだろう。
……だって、そんなことあるはずがない。馬鹿げている。
「そ、そんなこと……あるわけないよ……」
そんなことあるはずないと思っているのに、それなのに何故か声が震えて足が竦む。
本当に?本当に、そんなことが起きているの?
混乱していて何も考えられなくなっていたその瞬間、私のスマホに通知が届いた。
反射でスマホを取り出し、おもむろに画面を見る。
友達や親からのおびただしいほどのメッセージや着信履歴。
それに、この現象についてのネットニュース。
とにかく恐ろしい程の通知が溜まっていて、私は背筋が凍った。
震える指でスマホを操作し、メッセージを確認する。
”りこ!りこ大丈夫!?”
”りこ!!!返事して!!”
”りこだいじょ”
”り”
そのようなメッセージが大量に送られてきていた。
最後の方は不自然に文章が途切れて終わっており、その後メッセージは来ていなかった。
今までに感じたことの無い恐怖と絶望感に陥り、私は何も言えずに固まってしまった。
どうしよう、どうしよう。
なんでこんなことになったの。どうして。
これが悪い冗談だったらいいのにと何回も思った。
が降り注ぐ雨の音に思考回路を蝕まれ、恐怖で思わず足の力が抜ける。
「麗瑚」
上から青の声が降ってくる。
青の声は至って冷静で、何も動揺していないかのような声色だった。
どうして、なんでそんなふうに冷静でいられるの?
みんな死んじゃったかもしれないんだよ?私達、2人ぼっちなんだよ?
青に対してふつふつと怒りのような、のような、初めて知る感情が湧いてくる。
「麗瑚、大丈夫。」
いろんな感情に振り回されてごちゃごちゃになっていた時に、青の優しくて、心地よくて、暖かい音が聞こえる。
幼い頃にも、こんな体験があった気がする。
私は青の大丈夫という言葉に落ち着きを取り戻し、少し冷静になれたような気がした。
「……どうやら……この雨に当たると、人は死ぬらしい。」
ぽつり、ぽつりと、青は不器用な言葉で今の状況を説明する。
「……でも、それって雨に当たらなければいいんでしょ?なら傘を差せば……」
「……傘は、溶けてなくなるって書いてある。」
「…………」
その言葉に私は絶望した。
傘もダメなの?……じゃあもう……もう、無理だよ。
無理だよ、私達みんな死んじゃうよ。
「今外に出たら危険だから、とりあえずここにいよう。」
「そんなこと、言ったって……食べ物はどうするの……?……それに、こんな毒みたいな雨が降ってるんだから水道水だって飲めるかわからないし……ここにいたって、死ぬだけなんだよ…」
ああ、だめだ、また不安が募っていく。傘も差せず、食料も、飲み物もない。何も出来ない非力な自分に嫌気が差した。
「麗瑚、大丈夫だから。」
「大丈夫なわけないじゃん!みんな死んじゃってるかもしれないのによくそんな冷静にっ……」
冷静になれずに正気を失いかけていた私は、思わず青のことを責めてしまう。違う、本当はこんなこと思ってないのに……!
もう自分のことが何もわからなくなって、さらに酷い事を言ってしまいそうになった時、青に口を押さえられ、静かに、鋭く言葉を刺された。
「俺のこと信じて」
青は私の事を責める訳でもなく、優しく言葉をかけてくれた。
その一言で、私は自我を取り戻し、先程よりは冷静になれたような、そんな気がした。
……なんでなのかな、青の声を聞くとすごく気持ちが落ち着く気がする。
「とりあえず国から指示が出るはずだから、それまで待とう」
「……ごめん、私、動揺しちゃって……」
激しい振動と共にスマホがけたたましく叫ぶ。
予想だにしないその大きな音に、思わずわぁっ!?と情けない声を出してしまった。
「…各自治体の屋内避難場所へ向かえって」
国からの通知だ。
良かった、まだ国はちゃんと動いているみたいだ。
「屋内の避難場所って……確か私たちの区域は……会館?」
「だな。会館だったらここから近いし移動も楽にできる。ただ問題は…」
「……この雨をどう切り抜けるか。」
傘もダメとなると、一体何で雨を防いだら良いのか分からない。
失敗したらすぐに死んでしまう……
そんな恐怖からも逃げなければならないのだ。
「なにか、雨を防げるものがあればいいんだけど……」
「……あ」
「なにかあった!?」
期待の眼差しをバッと青に向ける。
彼が持っていたのはこの学校の制服……学ランだった。
「これ防水。」
……確かに去年の冬、雨の日に外ではしゃいでいた男子もあまり濡れていなかったような気がする。
ただここで、私に一つの疑問が生まれた。
「……いや、なんで夏なのに持ってんのさ……?」
そう。今は夏真っ盛り。もちろん既に制服は夏服に切り替わってるし、冬服での登校は校則違反だ。
「……クーラー寒いから?」
なんで疑問形なんだこの男は……
……まぁでも確かに、最近は雨続きだったから少し肌寒かったかもしれない。
そう考えると学ランを持ってきているのもおかしくは……ない……のか……?
「まぁとりあえず、これに入ってくか」
「……えっ」
「坂下ったらすぐ会館だし、持つだろ。」
こいつは一体何を言っているのだろうか。自分で言うのもなんだか気恥ずかしいが、私は一応女の子で青は男の子だ。私たちは小学校低学年ではない。思春期真っ盛りの高校2年生だ。仮に幼馴染だったとしても異性だということはどうしても気になってしまう。
ありもしない、もしもの事を考えてしまい、顔がぽぽぽと熱くなる。
いやいや私、こんな状況で何考えてんだ、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!
「……麗瑚、耳真っ赤だけど」
キョトンとして私の葛藤など何も知らない鈍感ボーイの青が、そっと私の耳を撫でる。
「……~っっっっ!!!!!!!!」
私の反射神経を逆撫でした青に勢いよく足で脛を蹴ってしまった。
くそ、くそくそくそおぉ!!私としたことが……私としたことがあああ……!!!!!
いや、冷静になろう。これは青だからとかじゃない。これは不可抗力だったんだ。ときめいてなんてない、絶対に。そう、絶対に!!
コホン!と気を取り直すように咳払いをしながら青の方を見ると、思わず蹴ってしまった脛を押さえ、顔を歪ませて悶えていた。
……ちょっと、申し訳ないな……えへへ。
ごめん青、大丈夫?と申し訳程度の笑顔を作って手を差し出し、青を立たせる。
今の出来事で変に冷静になり、生き延びるためには学ランを羽織るしかないか……と、あまり気は乗らないがその方法で会館に向かうことを承諾した。
先程の痛みからか、まだ少し涙目になっている青が荒っぽく学ランを広げ、頭に被せる。
「麗瑚、入って」
「はぁ……」
仕方のないことなんだと言い聞かせ、私は青に肩を合わせた。
「……じゃあ出るよ」
一歩、二歩、三歩、着実に、確実に足は会館へ向かっていく。
人が居たら、私達はなんとか生き延びることが出来るかもしれない。
そう思うと少し希望が近づいてきたような気がした。
そんな、一瞬の油断からか、私はまたバカみたいなことを考えてしまった。
……私今、青の匂いに囲まれてる。四方から青の香りが迫ってきて動揺が隠しきれない。
この状況に理解が追いつかなくて、なんだか少し焦ってしまっている自分がいた。
が、断じてこれは青だからという訳では無い。勘違いしてもらったら困る。
って……私は何を考えてるんだ。今はちゃんと集中して足を動かさないと……
そう気を取り直した瞬間、学ランを持っている手になにか冷たいものが当たった、そんなような気がした。
血の気がサァッと引き、私はまた絶望に追い込まれる。
それは確実に死が近づいてきている証拠で、まだ死にたくないと心臓が叫んでうるさい。
冷たさを感じる手に集中がいってしまって青とのリズムが崩れる。
青もそんな私の異変に気づいたのか、こちらにちらっと視線を送ってきた。
青に縋り付くように視線を合わせ、力を振り絞って声を発する。
「……しょ、あ、あめ、きて、る、かも……」
声が震えて上手く喋れなかったが、青はそんな私を察したのか了解とだけいい、スピードをあげて死の恐怖から逃れるように少し足を走らせた。
会館へ急ぐ私達に向けて雨は死を宣告するかのように勢いを増しながら染みていく。
「青、走……」
青は焦りや不安からカタカタと震えている私とは違い、真っ直ぐ先を見据えていた。
そんな青の姿を見て少し安心したような気持ちになったが、死ぬかも、という不安が脳内を駆け巡り、次第に何も考えられなくなってくる。
……だめだ、私、落ち着け。
手の感覚はもうなくて、わかるのは自分が震えていることくらいだ。
ひんやりと冷たい汗が頬をつたり、全身の脈が生きたいと鼓動を速める。
死にたくない、死にたくない。
まだ死にたくない。
そんな私の思考とは裏腹に、雨は段々と強くなっていく。
ザァッと無機質な音が当たりを支配し、私の体に死がまとわりつく。
絶望に駆られていると、私の靴下になにか冷たい液体が入りこんできた。
少し冷たさを感じたその瞬間、私は今まで感じたことの無い、新しい痛みに襲われる。
「いっ……!?!?」
死を覚悟した。
”それ”は確実に死の液体だった。
呼吸もばらつき始め、心臓の叫びは痛さすらも感じさせてきた。
この感覚は知っている。
昔過呼吸になった時、私はこのような状態になったことがある。
頭がぼーっとしてきて、目に涙が浮かんでくる。
辛い、苦しい、誰か助けて……
もう死ぬしかないのかな、諦めなきゃなのかな。
そんな考えがふと浮かんでしまった。それくらい精神的に追い詰められていたのだ。
「……麗瑚、大丈夫だから」
青が少し掠れたような、そんな不器用な声で私を励ましてくれた。
チラッと青の顔を見ると、頬に少し焼け爛れたようなそんな跡があり、ビクッと体を跳ねさせる。
よく見るとそのようになっている箇所が何個かあり、青はさっきから何回か雨に打たれてしまっていることがわかった。
「青……それ……」
「俺は大丈夫。」
少しも動揺していない、そんなような声で青は私に囁いたが、私は知っている。青が痛みや苦しさを我慢する時、下唇を思い切り噛むことを。
青の唇からは既に赤く綺麗な血が滲み始めてきていた。
……死の恐怖に追い詰められているのは私だけじゃなかったんだ。
そう思うとなんだか少し気持ちが楽になって来たような気がした。
「……後、もう少しだよ。頑張ろう……!」
今まで励まされていたぶん、これからは私が青を支えよう。
そう決心し、私はふらついていた足取りに力を込め、希望を求めて歩き進めていった。
「間一髪だったね……」
なんとか会館についた私達は屋根の中に入った瞬間倒れ込んだ。
あの後何回か雨に打たれたが、もうそんなことはどうでもいい。
「無事で、良かった……」
生き延びられたことが嬉しくて、思わず声を震わせる。これは絶望の震えじゃないと、そう確信できる。
ふと横にある学ランを見ると、思っていたよりもびしょびしょになっていて、もう少しで内側まで水滴が入り込んでくるところだった。
あと少し遅れていたら……と思うとゾッとした。
「中に人いるかな」
青が立ち上がり、中を見つめた。
この会館は住宅街や駅から離れているため、いつも初老の職員さんと清掃のおばちゃんの2人しかいないのだ。
「きっと、大丈夫だよ」
私は中に人がいることを祈って、やけに冷たくなっている扉を勢いよく開けた。
そんなことを不可解な文章を口に出して読み上げる。
いやいやまさか、そんなことあるわけが無いだろう。
「……いやいや、嘘に決まってるでしょ!そんな話……!」
「…………外、誰も居ないな。」
そう青に言われて、ハッとしたように外を見る。
……確かに、誰もいない。
いつもならこの時間でももうちょっと人が居るはず。
その時私は今までのおかしかったことを思い出す。
……そもそも、あんな時間まで残っていたら、見回りの先生が注意にやってくるはず。
いつもなら帰れよ、といってくる先生が今日はいなかった。
…………いやでも、そんなのただの偶然に過ぎないだろう。
……だって、そんなことあるはずがない。馬鹿げている。
「そ、そんなこと……あるわけないよ……」
そんなことあるはずないと思っているのに、それなのに何故か声が震えて足が竦む。
本当に?本当に、そんなことが起きているの?
混乱していて何も考えられなくなっていたその瞬間、私のスマホに通知が届いた。
反射でスマホを取り出し、おもむろに画面を見る。
友達や親からのおびただしいほどのメッセージや着信履歴。
それに、この現象についてのネットニュース。
とにかく恐ろしい程の通知が溜まっていて、私は背筋が凍った。
震える指でスマホを操作し、メッセージを確認する。
”りこ!りこ大丈夫!?”
”りこ!!!返事して!!”
”りこだいじょ”
”り”
そのようなメッセージが大量に送られてきていた。
最後の方は不自然に文章が途切れて終わっており、その後メッセージは来ていなかった。
今までに感じたことの無い恐怖と絶望感に陥り、私は何も言えずに固まってしまった。
どうしよう、どうしよう。
なんでこんなことになったの。どうして。
これが悪い冗談だったらいいのにと何回も思った。
が降り注ぐ雨の音に思考回路を蝕まれ、恐怖で思わず足の力が抜ける。
「麗瑚」
上から青の声が降ってくる。
青の声は至って冷静で、何も動揺していないかのような声色だった。
どうして、なんでそんなふうに冷静でいられるの?
みんな死んじゃったかもしれないんだよ?私達、2人ぼっちなんだよ?
青に対してふつふつと怒りのような、のような、初めて知る感情が湧いてくる。
「麗瑚、大丈夫。」
いろんな感情に振り回されてごちゃごちゃになっていた時に、青の優しくて、心地よくて、暖かい音が聞こえる。
幼い頃にも、こんな体験があった気がする。
私は青の大丈夫という言葉に落ち着きを取り戻し、少し冷静になれたような気がした。
「……どうやら……この雨に当たると、人は死ぬらしい。」
ぽつり、ぽつりと、青は不器用な言葉で今の状況を説明する。
「……でも、それって雨に当たらなければいいんでしょ?なら傘を差せば……」
「……傘は、溶けてなくなるって書いてある。」
「…………」
その言葉に私は絶望した。
傘もダメなの?……じゃあもう……もう、無理だよ。
無理だよ、私達みんな死んじゃうよ。
「今外に出たら危険だから、とりあえずここにいよう。」
「そんなこと、言ったって……食べ物はどうするの……?……それに、こんな毒みたいな雨が降ってるんだから水道水だって飲めるかわからないし……ここにいたって、死ぬだけなんだよ…」
ああ、だめだ、また不安が募っていく。傘も差せず、食料も、飲み物もない。何も出来ない非力な自分に嫌気が差した。
「麗瑚、大丈夫だから。」
「大丈夫なわけないじゃん!みんな死んじゃってるかもしれないのによくそんな冷静にっ……」
冷静になれずに正気を失いかけていた私は、思わず青のことを責めてしまう。違う、本当はこんなこと思ってないのに……!
もう自分のことが何もわからなくなって、さらに酷い事を言ってしまいそうになった時、青に口を押さえられ、静かに、鋭く言葉を刺された。
「俺のこと信じて」
青は私の事を責める訳でもなく、優しく言葉をかけてくれた。
その一言で、私は自我を取り戻し、先程よりは冷静になれたような、そんな気がした。
……なんでなのかな、青の声を聞くとすごく気持ちが落ち着く気がする。
「とりあえず国から指示が出るはずだから、それまで待とう」
「……ごめん、私、動揺しちゃって……」
激しい振動と共にスマホがけたたましく叫ぶ。
予想だにしないその大きな音に、思わずわぁっ!?と情けない声を出してしまった。
「…各自治体の屋内避難場所へ向かえって」
国からの通知だ。
良かった、まだ国はちゃんと動いているみたいだ。
「屋内の避難場所って……確か私たちの区域は……会館?」
「だな。会館だったらここから近いし移動も楽にできる。ただ問題は…」
「……この雨をどう切り抜けるか。」
傘もダメとなると、一体何で雨を防いだら良いのか分からない。
失敗したらすぐに死んでしまう……
そんな恐怖からも逃げなければならないのだ。
「なにか、雨を防げるものがあればいいんだけど……」
「……あ」
「なにかあった!?」
期待の眼差しをバッと青に向ける。
彼が持っていたのはこの学校の制服……学ランだった。
「これ防水。」
……確かに去年の冬、雨の日に外ではしゃいでいた男子もあまり濡れていなかったような気がする。
ただここで、私に一つの疑問が生まれた。
「……いや、なんで夏なのに持ってんのさ……?」
そう。今は夏真っ盛り。もちろん既に制服は夏服に切り替わってるし、冬服での登校は校則違反だ。
「……クーラー寒いから?」
なんで疑問形なんだこの男は……
……まぁでも確かに、最近は雨続きだったから少し肌寒かったかもしれない。
そう考えると学ランを持ってきているのもおかしくは……ない……のか……?
「まぁとりあえず、これに入ってくか」
「……えっ」
「坂下ったらすぐ会館だし、持つだろ。」
こいつは一体何を言っているのだろうか。自分で言うのもなんだか気恥ずかしいが、私は一応女の子で青は男の子だ。私たちは小学校低学年ではない。思春期真っ盛りの高校2年生だ。仮に幼馴染だったとしても異性だということはどうしても気になってしまう。
ありもしない、もしもの事を考えてしまい、顔がぽぽぽと熱くなる。
いやいや私、こんな状況で何考えてんだ、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!
「……麗瑚、耳真っ赤だけど」
キョトンとして私の葛藤など何も知らない鈍感ボーイの青が、そっと私の耳を撫でる。
「……~っっっっ!!!!!!!!」
私の反射神経を逆撫でした青に勢いよく足で脛を蹴ってしまった。
くそ、くそくそくそおぉ!!私としたことが……私としたことがあああ……!!!!!
いや、冷静になろう。これは青だからとかじゃない。これは不可抗力だったんだ。ときめいてなんてない、絶対に。そう、絶対に!!
コホン!と気を取り直すように咳払いをしながら青の方を見ると、思わず蹴ってしまった脛を押さえ、顔を歪ませて悶えていた。
……ちょっと、申し訳ないな……えへへ。
ごめん青、大丈夫?と申し訳程度の笑顔を作って手を差し出し、青を立たせる。
今の出来事で変に冷静になり、生き延びるためには学ランを羽織るしかないか……と、あまり気は乗らないがその方法で会館に向かうことを承諾した。
先程の痛みからか、まだ少し涙目になっている青が荒っぽく学ランを広げ、頭に被せる。
「麗瑚、入って」
「はぁ……」
仕方のないことなんだと言い聞かせ、私は青に肩を合わせた。
「……じゃあ出るよ」
一歩、二歩、三歩、着実に、確実に足は会館へ向かっていく。
人が居たら、私達はなんとか生き延びることが出来るかもしれない。
そう思うと少し希望が近づいてきたような気がした。
そんな、一瞬の油断からか、私はまたバカみたいなことを考えてしまった。
……私今、青の匂いに囲まれてる。四方から青の香りが迫ってきて動揺が隠しきれない。
この状況に理解が追いつかなくて、なんだか少し焦ってしまっている自分がいた。
が、断じてこれは青だからという訳では無い。勘違いしてもらったら困る。
って……私は何を考えてるんだ。今はちゃんと集中して足を動かさないと……
そう気を取り直した瞬間、学ランを持っている手になにか冷たいものが当たった、そんなような気がした。
血の気がサァッと引き、私はまた絶望に追い込まれる。
それは確実に死が近づいてきている証拠で、まだ死にたくないと心臓が叫んでうるさい。
冷たさを感じる手に集中がいってしまって青とのリズムが崩れる。
青もそんな私の異変に気づいたのか、こちらにちらっと視線を送ってきた。
青に縋り付くように視線を合わせ、力を振り絞って声を発する。
「……しょ、あ、あめ、きて、る、かも……」
声が震えて上手く喋れなかったが、青はそんな私を察したのか了解とだけいい、スピードをあげて死の恐怖から逃れるように少し足を走らせた。
会館へ急ぐ私達に向けて雨は死を宣告するかのように勢いを増しながら染みていく。
「青、走……」
青は焦りや不安からカタカタと震えている私とは違い、真っ直ぐ先を見据えていた。
そんな青の姿を見て少し安心したような気持ちになったが、死ぬかも、という不安が脳内を駆け巡り、次第に何も考えられなくなってくる。
……だめだ、私、落ち着け。
手の感覚はもうなくて、わかるのは自分が震えていることくらいだ。
ひんやりと冷たい汗が頬をつたり、全身の脈が生きたいと鼓動を速める。
死にたくない、死にたくない。
まだ死にたくない。
そんな私の思考とは裏腹に、雨は段々と強くなっていく。
ザァッと無機質な音が当たりを支配し、私の体に死がまとわりつく。
絶望に駆られていると、私の靴下になにか冷たい液体が入りこんできた。
少し冷たさを感じたその瞬間、私は今まで感じたことの無い、新しい痛みに襲われる。
「いっ……!?!?」
死を覚悟した。
”それ”は確実に死の液体だった。
呼吸もばらつき始め、心臓の叫びは痛さすらも感じさせてきた。
この感覚は知っている。
昔過呼吸になった時、私はこのような状態になったことがある。
頭がぼーっとしてきて、目に涙が浮かんでくる。
辛い、苦しい、誰か助けて……
もう死ぬしかないのかな、諦めなきゃなのかな。
そんな考えがふと浮かんでしまった。それくらい精神的に追い詰められていたのだ。
「……麗瑚、大丈夫だから」
青が少し掠れたような、そんな不器用な声で私を励ましてくれた。
チラッと青の顔を見ると、頬に少し焼け爛れたようなそんな跡があり、ビクッと体を跳ねさせる。
よく見るとそのようになっている箇所が何個かあり、青はさっきから何回か雨に打たれてしまっていることがわかった。
「青……それ……」
「俺は大丈夫。」
少しも動揺していない、そんなような声で青は私に囁いたが、私は知っている。青が痛みや苦しさを我慢する時、下唇を思い切り噛むことを。
青の唇からは既に赤く綺麗な血が滲み始めてきていた。
……死の恐怖に追い詰められているのは私だけじゃなかったんだ。
そう思うとなんだか少し気持ちが楽になって来たような気がした。
「……後、もう少しだよ。頑張ろう……!」
今まで励まされていたぶん、これからは私が青を支えよう。
そう決心し、私はふらついていた足取りに力を込め、希望を求めて歩き進めていった。
「間一髪だったね……」
なんとか会館についた私達は屋根の中に入った瞬間倒れ込んだ。
あの後何回か雨に打たれたが、もうそんなことはどうでもいい。
「無事で、良かった……」
生き延びられたことが嬉しくて、思わず声を震わせる。これは絶望の震えじゃないと、そう確信できる。
ふと横にある学ランを見ると、思っていたよりもびしょびしょになっていて、もう少しで内側まで水滴が入り込んでくるところだった。
あと少し遅れていたら……と思うとゾッとした。
「中に人いるかな」
青が立ち上がり、中を見つめた。
この会館は住宅街や駅から離れているため、いつも初老の職員さんと清掃のおばちゃんの2人しかいないのだ。
「きっと、大丈夫だよ」
私は中に人がいることを祈って、やけに冷たくなっている扉を勢いよく開けた。
0
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる