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1章

#3 絡まる不協和音

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しかしそこには人の気配は微塵も感じられず、冷たく重たい空気が辺りを支配していた。
今まで感じたことの無いその空気に少し後ずさりしてしまったが、ぎゅっと固く手のひらを握って息を吸った。
「……あのー、誰かいますか?」
応答はない。
不安は募っていくばかりだが、私はこんなところで挫けないと決めたのだ。
一階には人が誰もいなかったが、もしかすると二階にはいるかもしれない。
国からここへ避難するよう指示が出ているはずだから、誰もいないはずがないのだ。
近くに設置してある古い階段をひとつひとつのぼってみる。管理人が誰もいないせいなのか、雨のせいなのか。今は夏だと言うのにここはなんだか少し肌寒かった。その寒気すら私の不安に蓄積されていく。
「返事がないな」
「まだみんな来てないの、かな……」
もしこのまま誰も来なかったら、このまま雨が止むまでここで青と2人きり……?
いやいや、そんな訳ない!私ったら、ちゃんとしないと!
青が少し待とうと言いかけた、その時だった。
「おい」
「ひゃいっ!?」
急にかけられた声に驚き、声が上ずってしまう。
バッと後ろを振り返ると、そこには大学生……社会人くらいの男の人が機嫌悪そうにして立っていた。
人がいたことに安心したが、男の人はいかにも怖そうな感じの人であまり関わりたくないというのが本音のところだった。
「こっちこい」
眉間に皺を寄せている無愛想な男は''資料室''と記された部屋に入っていってしまった。
「とりあえず付いてってみるか」
私は新たな恐怖に怯えて無言で何度も頷き、青の後ろにピッタリくっつき、慎重に足を進めた。
「……おい早く入れ」
男の人は資料室から体を半分出して、グズグズと決まりの悪い私達に舌打ちをした。
あぁぁぁぁ、この人絶対やばい人だ。関わっちゃいけないタイプの人種だ!!!
私の第六感がそう叫んでいる。
「し、失礼しまーす…」
恐怖で涙目になりながらも資料室にひょこっと顔を出した。
そこには、3人の男性が重い雰囲気を醸し出しながら座っていた。
誰も何も言わないその空間にどういう感情を抱けばいいのか分からず、私はバカみたいな質問をしてしまう。
「……あ、あの、避難されて来た方々ですよね?」
「あぁそうだけど。何か問題か?」
「い、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
な、何この男。すごく感じが悪い。別に問題があるとかじゃないのに……!!もおお、やっぱりこの人怖いよおぉ!!一刻も早く逃げ出してしまいたい。
青はいつもと顔色一つ変えずにぼーっと突っ立ってるし!私を守ってよ!!
「わ、私、大神麗瑚っていいます……なにか手伝えることがあったらお手伝いします……?」
自己紹介とかする空気なのかすらよく分からず、語尾が疑問形になってしまった。
この異様な空間に耐えられない。誰か何か言ってよ!!
「あー、じゃあ大神。お前部屋の掃除やっといて。」
呼び捨て!?お前呼び!?!?……無理、私この人無理!!この醸し出されるどっかの国民的アニメのガキ大将みたいな雰囲気!?怖いしなんか気持ち悪い!!怖い思いしてここでもこんなに嫌な思いしなきゃダメなの!?
色んな感情が交差する中で口がもごもごとしてしまい、ようやっとのことではぁ、と呟けた。
「あと後ろの男、お前名前は?」
「……立花」
「じゃあ立花は、コミュニティセンターに置いてある飲料水運んで。俺今怪我してるから運べないんだよねー」
「……分かりました」
チラッと青の顔色を伺ってみると明らかに不機嫌そうになっていた。
青は昔から人に命令されたりするのが大嫌いなのだ。幼なじみだからある程度お互いの性格は把握している。
だから私はいつ青が爆発してしまうか、気が気でないわけである。
「……あのー、お、お名前教えて貰ってもいいですか?」
「ああ、俺佐々木ささきってんだー。こっちが黒沢ね。」
 「黒沢克人くろさわ かつと。よろしく。」
「んなこと聞いてねぇではよ掃除してくんね?立花も早くいって」
「…す、すみませんんんんんん…………!!!」
思わずいらぁっとしてしまい語尾に力を込めてしまった。
いけないいけない。こんなところで取り乱したらこの先やっていけないよ!
この人だって突然の雨に気が動転してるだけだと思うし、しょうがない、しょうがないよ……!!しょうがない………………とは思うけど…………こいつ、うざいぃぃ…………!!!!うちのクラスの男よりガキだよ!精神年齢何歳だよ!!思わず突っ込んじゃうよ!!
……てか、見た限りこの人達3人は友達……だよね?後ろの人達もこの人の事少しは注意してくれたっていいのに!……いや、見てる感じ黒沢って名乗った男の方はこの人がなにか言う度に眉を動かしているし、もしかしたら何かあるのかな。よく女子であるスクールカースト的な……そういう感じなのかな?
……後でタイミングがあったらなにか聞けるかな……?


私は先程の失礼極まりない男に従い、部屋の掃除を行っていた。
さっきからこの人達の会話を聞いていて、何となく3人の関係性がわかった気がする。
掃除をしながらだから纏まりきれていないところはたくさんあるが、私なりにこの人たちを観察してみた。

佐々木。
この人は比較的チャラい感じだが、そこまで悪そうな人には感じなかった。
常にニコニコしているのが印象的だったと感じる。
ただ頭は悪いようでこれからどうするかの会議では的はずれな発言ばかりしていた。
さっきから佐々木としか呼ばれていないから下の名前は分からずじまいだった。
他の2人のことをセンパイと読んでいたり、喋る時にッスという語尾をつけているところから2人の後輩だということがわかった。
大学が~とかいう話をしていたから、この3人は恐らく大学生だ。
黒沢克人。
常に冷静で物事を客観視できている頭の良さそうな人って感じがした。
佐々木さんにもなんだか慕われている様子だったし、会議中にはなるほどと思わず聞き入ってしまうような発言をたくさんしていた。というよりも会議はこの人が話を進めて言ってる形であった。
大人という感じがするし、この人は頼れる人なのかもしれない。
馴れ合いを好むような人ではないと思ったからこそ、なんでこの3人が繋がっているのかが未だよくわからない。
そして失礼男こと柳瀬蓮やなせ れん
この人は常に人を見下しているような感じで、とにかく感じが悪い。
佐々木さんと黒沢さんが柳瀬さんの気に入らないことを言おうものなら、あぁ?といってガンを飛ばしている。
世界は自分中心で回っている!と信じているんじゃないか?と思うほど自己中心的で場を掻き乱している。
あれこれ物事は言う割に、まぁ俺は責任とんねーけど。と後付けのようなことを言っていて心底ダサいなと思う。精神年齢10歳なんじゃないか?と本気で思った。

何となく3人の性格を把握出来たところで、どうしてこの3人がつるんでいるのか、そしてなぜ黒沢さんや佐々木さんは柳瀬蓮という男に対して何も物事を言わないのか。
それが気がかりで仕方がなかった。
そんなことを考えつつバサバサと掃き掃除をしている私だったが、なにか外から音が聞こえたような気がして、窓を覗いて見た。
……やはり、なにか音がする。なんの音だろう。段々近づいてきているような……?
もしかして助けに来てくれたのかもと淡い期待を抱きながら窓を眺めた。
段々と音はこちらの方に近づき、やがてエンジンの音と思われる激しい音と共にブレーキ音のような音が響いた。
耳を劈くようなキィィッッという音が辺り一面に響いた。あまりの音に目をぱちぱちさせながら私は固まってしまった。
私はしばらく窓を覗いていたが、私が覗いていた窓からはその音の正体を見ることが出来なかった。
しばらく音が静まり男達3人は避難者か。といって出口の方を見ていた。
やがて会館の扉が開く音がして、なにか喋り声が聞こえた。
ここは2階だし扉も閉まっていて出口からは距離があるので、何を言っているかなどは聞き取ることが出来なかったが、複数人であることはわかった。
その音を聞いて、柳瀬さんは俺が行く、立ち上がって扉に手をかけた。
かと思うとくるっとこちらを向いて
「ちゃんと掃除しとけよ」
とだけいい、、扉を開けて下へ降りていった。
わかってるよ!!と思いながらも私ははぁ~い、と笑顔を貫き通した。
「…すまない、大神さん。」
黒沢さんがバツの悪そうな暗い顔をして私に謝ってきた。黒沢さんが悪いわけじゃないのに。
大丈夫ですよ!言おうとしたところで、私は今この人達にいろいろと関係性を聞けるのではないか?と考えを巡らせた。
あまり人の事情に首を突っ込むのは良くないとは思うけど、これから一緒に過ごすことになると思うし、これくらいいいよね?
「私は大丈夫です!……けど、なぜお2人はそんなに……その、控えめというか、あの男……いや、柳瀬さんに気を使っているんですか?」
「え?」
私は言葉を選びながら恐る恐る聞いてみた。
柳瀬さんのようには怖くないとはいえ、やはり2人も大の男であることは変わりなかったため、意見するのはやはり勇気がいるものだった。
お2人はキョトンとしたような顔で私を見てきたから、怒っているようではなさそうだけど……
「だ、だって、お2人ともなにかに怯えているような感じがしていて……気になって、しまって……」
そのあと何秒か気まずい沈黙の間が生まれた。
その空気が耐えきれずになんかすみません……と小声で情けなく呟いた。
「あぁ~、特に怯えてるわけではないよ~。……まぁ、ただ……」
先程とは変わり佐々木さんが口を開いた。
私に気を使わせないためか今もにこにことしている佐々木さんだったが、ただ、と言ったところで途端に顔が暗くなった、そんなような感じがした。
私は次の言葉に期待のような感情を抱き、何故か脈がはやくなっていった。が、その答えを私はその場で知ることは叶わなかった。

がチャッと勢いよくドアが開き、佐々木さんは話すのを辞めてしまったのだ。
話の腰を折るように急にドアが開き、私達3人は扉の方に視線を向けた。そこにはかなり顔色が悪くなっている青が足取りおぼつかない様子でこちらに歩いてきていた。
どうしたと黒沢さんが聞いた瞬間、青は持っているダンボール箱と共に膝から崩れ落ちた。
「しょ、青!」
私は持っていたほうきを投げ捨てて青の所へ駆け寄った。
青を見てみるとさっき走って来た時に打たれたものと思われる雨の跡が尋常ではないほど腫れていた。
痛みからか、青は少し顔を歪ませて体をカタカタと震わせていた。
それでも作業に戻ろうとする青を黒沢さんが引き止め、
「ちょっと診させて」
と手を掴んだ。
黒沢さんは優しく、なるべく痛まないように慣れた手つきで青の足を伸ばし、ふくらはぎの青く腫れ、そして雨で溶けかけている部分を慎重に診ていった。
「……これは酷い。しっかり冷やさないとダメだ。保冷剤があるから使って。」
黒沢さんは自身のものと思われるお弁当箱が入った保冷バッグから大きめの保冷剤取り出し、自分のサークルで使う予定のもので今日は使っていないから、とタオルを青に手渡した。
「…すんません。ありがとうございます」
「一滴じゃこうはならない筈だ。多分この溶けかかっている部分に何滴か当たっている。だからまた何か異常があったら……」
その時だった。けたたましく泣き叫ぶ子供の声が建物中に響き渡ったのは。
その以上なほどの泣き声に私達は顔を見合わせた。
私は立ち上がり、
「青、ここで待ってて、私行ってくる。」
と青に言った。
「大神さん、俺も行く。佐々木はここで立花くんと待ってて」 
「おけ~」
佐々木さんと2人になる青のことが少し気がかりだったが、悪い雰囲気の人ではなさそうだったしなと心配はあまりせずに私は歩いた。
私達は重い扉を勢いよく開け、階段を駆け下りた。泣き声の主は会館の入口に立っていた少女であった。隣には、泣いている女の子とそっくりな男の子1人と、清楚で可憐な雰囲気のお姉さんが女の子のことを必死に励まし慰めていた。
「大丈夫だからね、絶対絶対大丈夫よ~。心配しないで~。」
「そうだよ翔空。お母さんは絶対に助かる。泣かないで。」
2人の言葉など聞かずに泣きじゃくる女の子を必死に慰める2人をみて、私は咄嗟に声をかけた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
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